映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、ラジオやアニメなど声の仕事で注目を浴びた役者・伊武雅刀が、映画やテレビに出演していくようになった時代について語った言葉を紹介する。
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伊武雅刀はラジオ、アニメ、ナレーションといった声の仕事で注目を浴びた後、1980年代に入ると中村幻児『ウィークエンド・シャッフル』、相米慎二『ションベンライダー』といった当時気鋭の監督たちの映画に続けて出演していく。
「映像の仕事をやるに際して、声の仕事は少しずつ減らしていきました。その減らした時間にプロデューサーや若手の監督たちと会って。それでも半年くらいは映像の仕事は来ませんでしたが、準備期間になりました。
『ウィークエンド・シャッフル』の初号試写を観た時は『ダメだ』と思いましたね。なんて間抜けな顔をしているんだ。俺の顔は映像向きじゃない。そのぐらい自信が持てませんでした。
相米監督には本当にお世話になりました。『考えなきゃダメだ』ということを初めて教わりましたよ。ただセリフを覚えて感情のままにやればいいんじゃない、と。どのシーンでもテストやっていてなかなかOKが出ないんです。それで時々寄ってきて『お前よ、このおまわりはこの町でどんなものを食べて、どういう人と知り合ってきたのか。そういうことまで考えないと芝居はできないだろう』ってボソッと言うんです。
ですから、相米さんにはとても感謝しています。あまり演技をつけないような早撮りの監督に最初についていたら、役に臨むということに気づくのは遅くなっていたと思います」