かつては全国で庶民の足として親しまれていた路面電車。1964年の東京五輪をきっかけにモータリゼーションがすすむと交通渋滞が社会問題となり、利用者が減っていた路面電車は次々と廃止された。ところが21世紀になって、横浜市や静岡市、京都市など全国で路面電車の復活が検討されている。ライターの小川裕夫氏が、次世代型路面電車であるLRT(Light rail transit、ライトレールトランジット)計画が具体的に進む宇都宮市のケースを中心にリポートする。
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6月10日は、6=路、10=電or面の語呂合わせで、路面電車の日に制定されている。最盛期には67都市で運行されていた路面電車は、マイカーの普及とともに路線を縮小・廃止されていった。昭和レトロと遺産扱いされる路面電車だが、その一方で都市再生の救世主・時代に適した公共交通と見直される機運も高まっている。
そのきっかけのひとつになったのが、2006(平成18)年に富山県富山市で開業した富山ライトレールの富山港線だ。富山港線は富山駅北―岩瀬浜を結ぶ全長7.6キロメートルのミニ路線だが、もともとはJR西日本が運行していた。JR時代の富山港線は利用者が少ないことから運行本数も極めて少なく、運行本数が少なくて不便であるために利用者が少ないという負のスパイラルに陥っていた。
富山市はきたる少子高齢化社会を見据え、中心市街地に都市機能を集約化させるコンパクトシティ政策に取り組んでいた。その一環として、JR西日本が持て余していた富山港線を譲り受け、路面電車に転換。新たに富山ライトレールとして出発させた。
今般、注目が集まる路面電車は、一昔前のチンチン電車ではない。スタイリッシュな車両やIT技術によってスムーズな運行を実現したLRT(Light Rail Transit)と呼ばれる次世代型路面電車だ。
富山ライトレールは昼の時間帯でも1時間に4本、15分間隔で運行しており、沿線住民の利便性は向上。また、路面電車のため、電停と車両との間に段差はなく、高齢者や障害者、ベビーカーを押すパパ・ママでも乗り降りしやすい。そうした要因が重なって、1日の利用者はJR西日本時代の約3400人から約4400人にまで増加している。
富山ライトレールによって路面電車の果たす役割が見直されるようになり、ほかの都市でも路面電車を延伸・新設する計画が議論されるようになった。なかでも、LRT計画でトップランナーを走るのが、栃木県宇都宮市だ。
「宇都宮市でLRT計画が浮上したのは、10年以上も前に遡ります。宇都宮は市内に大きな工業団地がいくつか立地しています。特に清原工業団地はキヤノンやカルビー、中外製薬、日本たばこ産業(JT)といった大企業が集積し、そこで働く人たちの数は約1万人もいます。清原工業団地は企業の拠点となる研究所や事業所もあり、取引で訪れるビジネスマンも多くいます。朝夕は、工業団地に通勤する人たちの自動車が溢れて市内の道路で慢性的な渋滞が起きていましたから、渋滞を解消すると同時にそうした取引先の人たちの交通の便も確保する必要がありました。また、自動車交通に頼らない公共交通の再構築といった視点から、宇都宮市はLRTを計画することになったのです」と話すのは、宇都宮市建設部LRT整備室の担当者。
宇都宮市のライトレール計画は、富山同様に高齢化社会を迎えて自動車を運転できない市民が増えることを見越して公共交通を整備することが含まれている。バスでも代替できそうに思えるが、後述のように繁華街の路線バス本数は飽和状態。また、LRTに比べてバスの輸送量は少ないため、道路が渋滞してしまう恐れもある。ライトレールの新型車両は超低床タイプが主流のため、乗客の負担が少ないユニバーサルデザインの乗り物であることもLRTのメリットとして挙げられる。
庁内で調査・検討が始まったLRT計画は、2013(平成25)年に基本方針がまとめられた。基本方針には、JR宇都宮駅から宇都宮市の東端にあるテクノポリスセンターと呼ばれるニュータウンまでの約12キロメートルの計画だった。
宇都宮市から基本方針が公表されると、隣町の芳賀町が即座にLRT事業への参画を表明する。芳賀町は宇都宮市の東隣に隣接する自治体で、芳賀工業団地や芳賀・高根沢工業団地といった大規模な工業団地を抱えている。2つの工業団地には、本田技研工業を筆頭に関連会社や子会社が102社操業しており、そこで働く従業員数は約2万2000人にも及ぶ。
LRTの終点となる宇都宮市境から、これら2つの工業団地までは3キロメートルほどしか離れていない。建設費用と需要・渋滞解消・CO2削減とを照らし合わせると、芳賀町まで含めて一体的にLRTを建設した方がプラスになると判断。新たに芳賀町まで延伸する計画が盛り込まれることになった。
宇都宮市・芳賀町といった2市町に加え、地元のバス事業者や銀行、財界の支援も得て2015(平成27)年に宇都宮市は第3セクターの宇都宮ライトレール株式会社を発足させた。こうして、宇都宮のLRT計画は本格化していく。需要予測や1時間あたり6本といった運行体制、車両基地の位置、1編成が国内最大級の全長約30メートルの3連車体を18編成導入することなども決定した。