〈家族の絆がなければ、精神的な健康を保つことは困難だったかもしれない〉。前都知事・舛添要一氏(68才)の話題書『都知事失格』(小学館)には、そんな一文がある。舛添氏が味わった転落の日々、その反省と後悔は同書に詳しく綴られているが、夫を傍らで支えた妻・雅美さん(53才)の心労は、どれほどのものだったろうか。四六時中、マスコミに監視された3か月。記者の質問に反論しようものなら「この夫にしてこの妻あり」とまで書かれた。あのバッシングの日々から1年。もう1人の当事者・雅美さんが、騒動後、初めて口を開いた。
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私、勘がいいんです。電車内でスマホがこっちを向いていたら、ああ今、記者さんに撮られているなぁとわかる。主人がああいう人だから、そのぐらいは慣れています。
でも、あの時だけは自分を抑えられなかった。朝起きた時に、「外に(記者が)いるな」とはわかっていました。うちの息子は遠距離通学だから早朝6時半には家を出ます。
最初、息子はカメラに気づいて玄関に戻ってきたんです。だけど私は「カメラマンに撮らないよう頼むから、一緒に出よう」と背中を押した。「息子が通りますから(撮らないで)」ってね。でも彼らは応じない。だから「やめてください!」と叫ぶ。するとカメラが寄る。私も今までの経験で、「あっ、これは罠だ!」とわかった。でも、ここで引いたら、母親としての自分を許せなくなってしまう、と思ってしまって──。
〈昨年6月、あるワイドショーで放映された映像には記者の質問に答えずに、激昂する雅美さんの姿が映されていた。子供がいたことがわからないよう上手に編集されていた。なぜこんな目に遭っているのか。ただただ悔しかった。ブルーの涼しげなシャツをまとった雅美さんは淡々と、だが一語一語を確かめるように当時を思い返す。
昨年3月、高額な海外出張費や事務所費の「公私混同」問題などが報じられると、別荘所有や親族間の争いまで話題に上った。舛添氏の自宅兼事務所周辺には、雑多な人間が集まった。一時期は、右翼の街宣車が17台も陣取った〉
警察がバリケードを敷いているから街宣車は家の前までは近づけない。でも、声は聞こえてくる。「この売国奴!」って。街中に響きわたっていました。買い物に行くときは会う人、会う人に「申し訳ございません」と謝りました。
一度、娘が飛び込むように帰宅したことがあったんです。活動家のかたがスピーカーで大声を上げていたときのこと。娘はたまたますれ違ったかたに「何見てんだ、この野郎」と、傘で突かれそうになったと。警察に相談したら、彼らもマークしていたかただったみたい。