【書評】『BUTTER』/柚木麻子・著/新潮社/1600円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
ある連続殺人事件をモチーフにした小説だ。ふくよかで、料理好きで、世話焼きの女と交際していた中高年男性たちが、次々と不審死を遂げた。被告人・梶井真奈子、通称「カジマナ」の心の闇が様々な方向から照らされるが、現実の事件の真相解明を主眼としたドキュメンタリー小説ではない。ヒロインはカジマナの独占インタビューをとろうと、東京拘置所通いをする週刊誌記者・町田里佳の方だ。
文章密度の高い、濃厚な味わいの料理小説でもある。料理好きはレシピを乞われると喋らずにいられないはず、と親友に入れ知恵された里佳は、カジマナ直伝のバターたっぷりの料理を教わりつつ取材、激太り。美味しいバターを食べると「落ちる感じがする」とカジマナは評するが、まさに里佳は彼女の魔術に落ち、同じ体型と視点と味覚をもつに至る。
いや、それはどうだろう。里佳は途中ではっと気づく。このままではカジマナが見せたいカジマナしか見られない、と。彼女はまず自分に魔法をかけ、記憶と人生を捏造しているからだ。高校の初彼氏は「東京から来た社会人」と供述しているが、実は妹に悪戯をした地元の変質者だった。
しかし心の中で過去を塗り替え蓋をしているのは、カジマナだけではない。変幻する彼女を鏡として、里佳や、取材協力者・伶子の来し方、各々の家族が負ってきた傷、そして現在抱えている恋人との、夫との、仕事上の歪みなどが映しだされてくる。