映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、大河ドラマで何度も演じた徳川家康としての芝居について語った言葉を紹介する。
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津川雅彦は1987年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』に徳川家康役で出演した。豊臣秀吉役は勝新太郎だった。
「秀吉は大坂城に諸大名を集め天下獲りを宣言したいんだが、家康に横を向かれたら面目丸つぶれだ。前夜に家康を屋敷に招き、大名たちの前で天下人として認めてくれと頼むシーンが僕と勝さんの初顔合わせだった。
『秀吉が皆の前で頭を下げてくれと頼んだら、家康ならどうする』と勝さんが聞く。『ムカッとして、返事をしませんね』と答えたら『いいね。それで本番いこう』って。まずテストをと頼んだら『芝居に慣れが出ると面白くなくなる』と拒否された。
結局、少しやりとりしただけで僕はすぐセリフが出なくなってしまった。勝さんは舌打ちしていきなり僕のそばに来て、かつらの上から頭をノックした。頭蓋骨の蓋を開けて中を覗くマネをしながら『あーあ、中がおもちゃでいっぱいだ』って。当時、僕はおもちゃ屋始めたばかりだったから。セリフが出ないのは役者に集中できてないせいだって言いたかったんだ。
頭にカッーときたね。次の本番で差し出されたお茶をまずはあなたがお先にどうぞと、秀吉の方へ返す芝居を思いついた。『天下人として立てる』という家康の意思表示だね。勝さんも満足気に頷いてくれたんだが、御本人がNGを出しちゃった。
『お前の芝居に感心してたら、良いセリフが出てこなくなってよ』って言いながら『かつらの具合が悪い』って楽屋から三時間出て来なくなっちゃった。バツが悪かったんだね。そういう繊細な人だった」
2000年の大河『葵 徳川三代』でも家康を演じている。