都内在住の主婦・佐藤あけみさん(45才・仮名)一家のある朝。小学生の子供を送り出した後、メタボ気味の夫に血圧を測ってから会社に行くよううながしながら、自分もついでに測定する。食事の用意をする時は生活習慣病にならないよう毎日のメニューに気を使う。来月には、夫は会社の人間ドックを控えており、佐藤さんの気持ちは落ち着かない。「やっぱり家族の健康がいちばんね」と彼女は思う──。
今やどこの家庭でも見られるこうした日常の光景は、ひとりの医師の登場がなければ存在しなかった。その医師とは7月18日に亡くなった聖路加国際病院(東京都中央区)の名誉院長だった日野原重明さん(享年105)だ。「家庭での血圧測定」は、日野原さんなしでは実現しなかった。かつて、血圧を測ることは「医療行為」とみなされ、資格を持つ者でないと行えなかった。生前の日野原さんを何度も取材したジャーナリストの大西康之さんが言う。
「日野原さんは“毎日、血圧を測ることが生活習慣を改めて病気を予防する”と主張して、厚生省に家庭での血圧測定を認めさせました。さらに自ら全国を回って、当時利用されていた水銀式の血圧測定計の使い方を主婦に教えていました」
予防医療の第一歩となる「人間ドック」を考案したのも日野原さんだ。彼は国立東京第一病院の小山善之院長とタッグを組み、病気になる前から定期的にメディカルチェックを行う「定期健康検査」を始めた。これが、後に「人間ドック」と呼ばれるようになる。日野原さんの強味は、理想を現実にする実行力だと大西さんが続ける。
「予防医療の活動にかかる莫大な資金は、過去に日野原さんに命を救ってもらった財団法人日本船舶振興会(現日本財団)の笹川良一氏が支援しました。競艇事業をしていた笹川氏からの資金提供には世間の批判もあったが、日野原さんは『お金に色はない』と意に介さなかった。クリスチャンの日野原さんには、“ミッションをコンプリート(完遂)することが重要だ”との固い信念があったのです」