靖国神社元ナンバー3(禰宜)の宮澤佳廣氏が上梓した告白本『靖国神社が消える日』(小学館)。「靖国神社を宗教法人でなくし、国家護持に戻すべきだ」といった主張が議論を呼んでいるが、その一方で同書には、これまで知られてこなかった靖国神社をめぐる秘史が記されている。著者の宮澤氏が解説する。
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近年、首相の靖国参拝に絡めてマスコミが報じるようになったのが「真榊(まさかき)」です。真榊は靖国神社の春と秋の例大祭に際して、本殿脇に供えられる高さ2メートルほどの「根つきの榊」のことを指します。
これが一躍脚光を浴びることになったのは、平成19年4月21日から23日にかけて行われた春季例大祭に、安倍首相が「真榊」を奉納したからです。小泉首相の後継として平成18年9月26日、首相に就任した安倍首相には、当初から靖国参拝継続を求める国民の高い期待が寄せられました。国民の関心は「参拝するか、しないか」ではなく、「いつ参拝をするのか」にありました。
安倍首相は、6年連続で行われた小泉首相の靖国参拝によって暗礁に乗り上げた近隣諸国との関係改善という喫緊かつ重大な課題を背負って船出しました。しかし、その政治信条やこれまでの言動から、就任して間もなく迎える平成18年秋の例大祭は無理にしても、その後は、首相の靖国参拝が必ず政治課題として取り上げられるはずです。
安倍首相の選択肢として終戦の日はあり得ませんから、まずは春の例大祭をどうするか。そんなことをぼんやり考えていた私は、例大祭が近づいたある日、首相の真榊奉納復活の可能性があるかどうかを探ってみたいと思うようになりました。そして南部利昭宮司の了解を得て、山谷えり子議員を介して安倍首相の意向を確認してもらうことにしたのです。
そもそも知人に不幸があったとき、できれば葬儀に参列したい、もしそれが叶わなければ、せめて何らかの方法で弔意を示そうと考えるのは当たり前のことです。首相の靖国参拝が国家に殉じた英霊に対する表敬であり、諸般の都合でどうしても参拝ができないのなら、自身の敬意を何らかの形で表したいと思っても決して不自然なことではありません。むしろそれは自然なことで、例大祭への首相の真榊奉納は、長年続けられてきた慣例であり、伝統でもありました。
その結果、安倍首相の確固たる政治信条もあって首相の真榊奉納は復活しました。ところが、マスコミがこの事実を報じるまでには相当の時間がかかりました。真榊が本殿脇(木階下)に供えられたのは10月17日の朝のことです。