父親の死で、突然母の介護をすることになった本誌N記者(53才・女性)。そこで感じたのは、高齢者にとっての歯の重要性だった…。
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父の急死で突然、一人暮らしになった母は、みるみるやせていった。もともとふくよかで、実年齢よりも若く見られるのはしばしば、溌剌とした印象だったのに、顔はしぼんだ風船のようになり、急に老け込んでしまった。
「ちゃんと食べてる? 今日は何食べたの?」と電話で聞けば、「食べてるわよ。お刺身とかお肉とか。好きなものを買ってる」と、毎度お決まりの台詞が返ってくる。
母は昔から食を大切にしていた。グルメというほどではないが三食、丁寧に手作りし、「働く人はちゃんと食べて、栄養を摂とらなきゃだめ」が口癖。おかげで私も、食べることが楽しみな人間に育った。
また母はお酒もたしなみ、父の生前は一緒に晩酌も欠かさなかった。まず枝豆や冷や奴など、父の晩酌のお供をササッと出した後、野菜炒めや煮物、焼き魚などのおかずを3品以上は並べた。家族3人だけの食卓なのに毎晩、宴会のようだった。
恐らく父とふたりになっても毎夕の宴は続いていて、それが突然、お開きとなってしまった。料理を作ったり食べたりする気力が失せても無理はない。しかも認知症。
買い物に行くのを忘れたり、買っても食べるのを忘れたりしても、無理はないのかもしれない。何とかしなければ…。
それから私は、頻繁に母を食事に誘うようにした。焼肉、トンカツ、パスタ、天ぷらと、こちらの心配をよそに、まぁよく食べた。私の家族と行く居酒屋などでは、昔がよみがえるのかご機嫌で、「(私の夫に向かって)パパ、ほらちゃんと食べないと働けないわよ。Sちゃん(私の娘)、さばを食べると頭がよくなるのよ、もっと食べなさい!」と、同じ説教がエンドレス。
でもある時、ふと食べている母の口元に目が留まった。モゴモゴして噛みにくいのか、のみ込めないのか、チョロッと食べ物がこぼれる。頬を指でさするようなしぐさも。