【書評】『観応の擾乱』/亀田俊和・著/中公新書/860円+税
【評者】山内昌之(明治大学特任教授)
高師直は『仮名手本忠臣蔵』や『太平記』では色と欲の塊として評判がよくない。しかし、実際の師直は無類の女好きではあっても、領地への欲は乏しかった。各国の守護はもっと能力で選ばれるべきだという「守護吏務観」の持主でさえあった。
もともと足利尊氏は幕政を弟直義に委ね、家政や恩賞を師直に任せていた。この混乱から生じた観応の擾乱なる長期内乱の性格を多面的に描いた本である。著者によれば、直義は寺社公家や東国の有力御家人地頭らに支持され、師直は畿内の新興御家人や下級譜代層らを基盤にしていたという古典的な見方には問題が多い。
この内乱は頻繁に優劣が入れ替わり、長期化しただけではない。足利兄弟が異なる時期に南朝と和睦したり、帰参や返り忠をした武将にも寛大なほど無節操に接したのは何故なのか。大災害による世情不穏なども絡めて分析する。
尊氏の極端な実子直冬嫌い、直義による直冬の庇護といった後継者争いも擾乱を複雑化させたことは間違いない。もっと本質的なのは、所領問題とくに「恩賞充行」への不満が武将を情熱的に動かしたからだ。
所領への欲が少ない師直は他人の恩賞にも恬淡としたところがあった。これでは領地に強烈な執着を燃やす武士の本能を満たせない。また、直義も手続き論にこだわるあまり、速断即決を期待する武士や訴人の願いに背を向けがちであった。要は、二人とも器量人ではあったが、天下を統べるほどの人物ではなかったのだ。