SAPIO連載中の小林よしのり氏『大東亜論』は、アジアの巨人と呼ばれた頭山満が、アジア主義を掲げ、欧米の帝国主義と闘った物語である。彼と玄洋社は、急速な西洋化を推し進める、専制に堕した薩長藩閥政府と激烈な闘いを繰り広げた。自由民権運動である。小林氏は大日本帝国憲法制定の過程を見れば、薩長閥がいかに民の声を封殺したかが見えてくると指摘する。
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日本国憲法はGHQの「押しつけ憲法」だと、改憲を主張する論者は幾度となく非難してきた。
その一方で、彼らの中には日本国憲法を否定する反動なのか、大日本帝国憲法(明治憲法)を高く評価する者が多く、自主憲法制定ではなく、明治憲法をそのまま復活させるべきだと主張する者もいるほどだ。
だが、わしは(雑誌)SAPIO連載中の『大東亜論』を描いていくうちに、明治憲法だって「押しつけ憲法」じゃないかと思うようになった。
『大東亜論』の第三部をまとめた新刊『明治日本を作った男達』が発売された。これは明治の自由民権運動の興隆を描いた物語で、民間で作成された私擬憲法について詳しく描き下ろした漫画も収録している。
自由民権運動が盛んとなった明治10年代半ば以降、民間による私擬憲法草案が盛んに作成された。中でも有名なのは「五日市憲法」だが、他にも現在に伝わるものだけで40以上、憲法という体裁は整えていないが、独自の国家構想案を作成したと見なせるものまで含めると、90を超えるという。
だが明治憲法はこのような全国に広がった民意とは全く関係なく、薩長藩閥政府の手だけで作成され、一般国民は憲法発布まで、その内容に関して何一つ知らされなかった。これこそ「押しつけ」ではないか。