国内

太平洋戦争のさなか、「偽札」を運ぶ列車が日本にあった

偽札は鉄道で運ばれ門司港駅に到着、大陸へ

 終戦記念日は、戦争について思いを馳せる日だ。敵国の内政を混乱させるには、経済を攪乱することが効果的だった。第2次世界大戦中、ナチスドイツがイギリスのポンド紙幣を大量に偽造したことは有名だ。が、同時期、日本でも同様に、秘密の国家プロジェクトとして外国紙幣を偽造していたことを知る人は、さほど多くないのではないか。偽造された紙幣は、鉄道を使って港町へ運ばれ、上海を起点に中国じゅうにばらまかれた。鉄道を利用した偽札運搬ミッションを、ライターの小川裕夫氏が追った。

 * * *
 日本でもっとも忙しい駅・新宿駅から小田急線に揺られること約30分。生田駅に到着する。各駅停車しか停まらない同駅は、明治大学生田キャンパスの最寄駅として、平日は多くの学生が利用している。

 駅から生田キャンパスまでは、線路沿い歩いて約10分。小高い丘の上に、いくつもの校舎が並ぶ。学生たちの喧騒を掻き分けながらキャンパス内を奥に進むと、ひっそりとした一画に明治大学平和教育登戸研究所資料館が現れる。

 明治大学は1950(昭和25)年に同地を購入したが、それ以前には陸軍登戸研究所と呼ばれる軍事施設が広がっていた。登戸研究所は敗戦とともに解散したが、当時の資料や実験器具は戦犯追及を逃れるために焼却処分された。そのため、登戸研究所の歴史は闇に封印されたままになっている。

 終戦から70年以上が経過し、当時を知る者は次々に鬼籍に入った。その間、歴史学者や郷土史家によって少しずつ登戸研究所の解明が進められてきた。

 登戸研究所ではアメリカ本土を空爆するための風船爆弾、毒ガスを用いた化学兵器、敵国の食糧を絶つための枯葉剤などの開発していた。

 そうした最先端技術を盛り込んだ兵器もさることながら、登戸研究所内でもトップシークレットとされていたのが偽札の製造だった。明治大学教授で同館の館長も務める山田朗教授は、当時の様子をこう解説する。

「登戸研究所が偽札の製造に手を染めるようになるのは、1939(昭和14)年からです。短期で終結すると想定していた日中戦争が、長期化してしまったことがきっかけでした。政府や軍部は国力の消耗を抑えながらも中華民国(中国)を弱体化させる作戦として、偽札を製造して経済を混乱させるという経済謀略に舵を切ったのです」

 翌年、登戸研究所が取り組んでいた中華民国蒋介石政権が発行した紙幣「法幣」の偽札第1号が完成する。偽法幣の見た目はそれほどの違和感はなかったが、手触りが全然違うために簡単に見抜かれる代物だった。

 それでも完成した偽法幣は登戸駅から川崎駅まで運ばれ、川崎駅で東海道本線に積み替えられた。偽札製造が始まった当時、現在の南武線はまだ国有化されておらず、南武鉄道という私鉄だった。

 南武鉄道は多摩川で採取される砂利や青梅で採掘される石灰などを工業地帯の川崎に運搬することを目的に設立された。そのため沿線には工場が多く立地しており、私鉄ながらも南武鉄道は重要な路線だった。

 登戸駅から大陸まで偽札を運ぶ重大任務を命じられたのは、1938(昭和13)年にスパイ養成校として設立されたばかりの陸軍中野学校の卒業生たちだった。

 登戸研究所で偽札を製造していたことは、政府や陸軍上層部、憲兵、登戸研究所所員でも知っている者は少数。それだけ秘匿性の高い作戦でありながら、中野学校の卒業生が運搬役に選ばれたのには確固たる理由があった。

「国家ぐるみで偽札を製造することは、戦争という非常事態でもタブーとされていました。日本が国家ぐるみで偽札を製造していることが露見すれば、貿易にも支障が出てきます。さらに、日本がそうしたルール無視の偽札製造をしていることを理由にして、アメリカやイギリスが日本の偽札の製造に乗り出す口実を与えないという狙いもありました」(同)

関連キーワード

関連記事

トピックス

これまで以上にすぐ球場を出るようになったという大谷翔平(写真/AFLO)
大谷翔平、“パパになる準備”は抜かりなし 産休制度を活用し真美子夫人の出産に立ち会いへ セレブ産院の育児講習会でおむつ替えや沐浴を猛特訓か
女性セブン
ネズミ混入トラブルを受けて24時間営業を取りやめに
《ゴキブリ・ネズミ問題で休業中》「すき家」24時間営業取りやめ 現役クルーが証言していた「こんなに汚かったのか」驚きの声
NEWSポストセブン
愛知県一宮市の住宅内のクローゼットで亡くなっているのがみつかった女子高校生の加藤和華さん(16)。事件から3日経ち、自宅前には花が備えられていた
〈ゲームでカッとなったのか…〉被害女子高生・加藤和華さん(16)の同級生が語った“思い出”「犯人を許せない」【一宮市・女子高生死体遺棄】
NEWSポストセブン
綱取りに期待が集まる大の里(写真/JMPA)
大の里に“上げ底”で横綱昇進プラン 八角理事長は「12勝は大きい」と手放しで絶賛、「2場所連続優勝に準ずる成績」の解釈はどんどん拡大
週刊ポスト
岡田結実
《女優・岡田結実(24)結婚発表》結婚相手は高身長の一般男性 変装なしの“ペアルックデート”で見せていた笑顔
NEWSポストセブン
ウッチャンナンチャンがMCを務める番組『チャンハウス』
【スクープ】フジテレビがウンナン&出川MCのバラエティー番組で小学生発言を“ねつ造演出”疑惑 フジは「発言意図を誤解して編集」と説明、謝罪 
女性セブン
同区在住で農業を営む古橋昭彦容疑者は現行犯逮捕された
《浜松高齢ドライバー事故》「昭坊はエースピッチャーで自治会長をやっていた」小学生の列に突っ込んだ古橋昭彦容疑者(78)の人柄【小学2年生の女児が死亡】
NEWSポストセブン
くら寿司
《ピンク色の破れたゴムを…》「くら寿司」が迷惑行為に声明「厳正な対応を行う予定」実行者は謝罪連絡入れるも…吐露していた“後悔の言葉”
NEWSポストセブン
中学時代の江口容疑者と、現場となった自宅
「ガチ恋だったのかな」女子高生死体遺棄の江口真先容疑者(21) 知人が語る“陰キャだった少年時代”「昔からゲーマー。国民的アニメのカードゲームにハマってた」【愛知・一宮市】
NEWSポストセブン
すき家がネズミ混入を認め全店閉店へ(左・時事通信フォト、右・HPより 写真は当該の店舗ではありません)
【こんなに汚かったのか…】全店閉店中の「すき家」現役クルーが証言「ネズミ混入で売上4割減」 各店舗に“緊急告知”した内容
NEWSポストセブン
ロコ・ソラーレが関東で初めてファンミーティングを開催(Instagramより)
《新メンバーの名前なし》ロコ・ソラーレ4人、初の関東ファンミーティング開催に自身も参加する代表理事・本橋麻里の「思惑」 チケットは5分で完売
NEWSポストセブン
中居氏による性暴力でフジテレビの企業体質も問われることになった(右・時事通信)
《先輩女性アナ・F氏に同情の声》「名誉回復してあげないと可哀想ではない?」アナウンス室部長として奔走“一管理職の職責を超える”心労も
NEWSポストセブン