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【書評】じわりと浸みてきてとり憑く芥川賞受賞作

【書評】『影裏』/沼田真佑・著/文藝春秋/1000円+税

【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 作者のデビュー作であり、芥川賞受賞作である。じわりと浸みてきてとり憑く。語り手は医薬会社の非正規社員で、盛岡の支社に出向してきて数年。家族も恋人もなく、初めは親しい友人もいなかった。ところが、同僚の「日浅」という男と話すようになり、たがいに釣りや日本酒の冷やが好きなことから、「親密な」つきあいになっていく。

 日浅は車の運転が得意で山道に明るい男だが、奇妙な性癖があった。あるとき釣りに出かけると、水楢の巨大な倒木が行く手をふさいでいる。日浅は「通学路上に鳩の死骸でも見つけた子供」のように、嬉々として倒木に馬乗りになり、周径を測ったりする。彼には「ある巨大なものの崩壊に陶酔しがちな傾向」があり、火事も一棟二棟の被害なら冷淡だが、大規模な林野火災には目を輝かす。そんな日浅に、語り手は魅入られる。

 語り手には、転勤前に恋人がいた。いまも、妹に結婚報告をされると、自分もこんなふうに恋人を家族に紹介していれば結婚に至ったのではないか、と思ったりする。ちなみに、元恋人は「和哉」という(当時は)男性で、現在は性別適合手術により心身共に女性──ということも、ごくさらりと書かれている。

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