80才を過ぎて新生活を始めた認知症の母。いちばんの心配は慣れない街での日課の散歩だ。ケイタイなど機械が大嫌いな母が、あぁ、今日も無防備に街へ繰り出していく…。そんな不安を抱えた本誌・N記者(53才・女性)がレポートする。
* * *
◆「お母さんを保護しています」
「家族に迷惑をかけないためには歩くのがいちばん」と、母は散歩を日課にしている。父が亡くなった前後も、ひとり暮らしになってからも、せっせと歩き続けている。
家の周りの決まったコースを歩いていると私には言うが、実のところはわからない。両親の認知症を疑い始めたころ、散歩に出たまま半日近く行方不明になったこともあった。
父の知らせで私が駆けつけると、10km近く離れた交番でタクシーを拾ってもらい、ちゃっかりご帰還。今思えば大事件だが、まだ認知症だと明らかでなかった当時は、「よくぞ帰ってきた!」と、笑ってすませてしまった。
新生活を始めたサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)は、同じマンション内にヘルパーさんらが常駐し、押せば誰かが飛んで来てくれる緊急ボタンが各部屋にあり、生活の安全はおおむね確保できた。
が、問題はもはや本能のように励行している散歩だ。ありがたいことに母のサ高住では、こんなときのために外出時の連絡用GPS付き携帯電話が支給されているのだが、「私はね、どんなに落ちぶれてもこういう機械に管理されるような生活はイヤなの!」――引っ越し早々、エアコンとテレビのリモコン、電話の子機の見分けがつかず、ヘルパーさんを手こずらせた苦い経験から、断固として携帯拒否。
結局、携帯電話はあきらめ、ズボンのベルトに私の携帯番号を書いた札をくくりつけ、祈るような気持ちで母の帰巣本能に賭けることにした。
そして案の定、私の携帯にある日、1本の電話が…。
「〇〇警察署××交番ですが、お母さんを保護しています」
えーっ、警察! 警察から電話がかかってきたのは初めてだ。一瞬、逮捕された母の姿を妄想し、声が震えた。
「すみません、何かご迷惑をおかけしたでしょうか? 少々認知症があるんです」
「いやいや、お母さんはちゃんとご自分で迷子になったと言って交番に来られたんです。徘徊じゃなさそうですよ」
お巡りさんも、日々多くの高齢迷子を扱っているのか、やさしく慣れた口調。交番は母の新居に近い場所だったが、とにかく急いで迎えに行った。
◆「迷子のおばあさんを助けるのも仕事よ」