まるで高座のハリー・ポッターである。神田松之丞が演目を読み始めると、凪のように静かだった客席が魔法にかかったようにザワザワとし、場内の空気が揺れ始める。大きな所作とよく通る声で徐々にテンポを上げ、張り扇を調子よくパパーンと叩く。膝を立て、汗を飛ばして盛り上げ、客の腰を浮かせる。
「なっ、なんとぉ~お時間になってしまいましたぁ~」
さぁ、これからという時、スパッと話を切る。いきなりの喪失感とそれまでの充実感が混ざり、客は興味をより膨らませる。そうして初見の客を虜にしてしまうのだ。
「初見のインパクトが大きいんでしょうが、僕もそこでお客様を絶対に逃さないです」(松之丞、以下同)
「お客様は神様です」と言ったのは浪曲出身の歌手・三波春夫だが、松之丞も芸さえ精進すればいいという甘えを排除し、「絶対にお客様を置いていかない」ポリシーを持つ。そうして今や講談界で客を呼べる史上最強の二ツ目に成長した。
◆入門を決意した神田松鯉という奇跡
松之丞が演芸に興味を持ったのは、高校2年の時だった。ラジオで六代目三遊亭円生の『御神酒徳利』を聴いて感動し、のちに立川談志の『らくだ』を聴いて鳥肌が立つほどの衝撃を受けた。談志が講談から影響を受けたことを知ると講談のCDを聴き、スケジュール帳が真っ黒になるほど寄席に通った。するとあることに気づいたという。