子供を起こし、朝食を作り、保育園に送り届けてパートに直行。仕事が終われば子供を迎えに行き、食事、掃除、洗濯と休まる時間は一時もなし。しかも、給料は正社員の半分以下…。世のシングルマザーは、今日も過酷な世界に生きている。だが、その逞しき生命力に熱い視線を送る人々も存在する。今、企業と自治体がシングルマザーの確保に躍起になっていた。
全身を覆う水色の作業服に身を包んだ女性社員たちが、クリーンルームの中で黙々と機械を組み立てている。製造ラインの1つでは、子供の授業参観のため1人が早退したが、すぐに別の社員がヘルプで入る。別のラインでも、体調を崩した子供の看病を理由に熟練工の1人が休んでいた。
「こんなの日常茶飯事です。みんなが助け合いの精神で働いているので、なにも問題ありません。全員が全工程をマスターしているので、空いた所には誰か別の人が入ればいいんです」
女性社員たちがこともなげに言うこの会社は、長野県岡谷市の精密医療機器メーカー『リバー・ゼメックス』。社員数55人のうち女性が48人、うちシングルマザーが22人という“女性ファースト”の企業である。シングルマザーの占める割合は40%だ。
特筆すべきは、22人のシングルマザーを含め、全員が「正社員」であること。3組に1組の夫婦が離婚するといわれる現代において、同社の存在が“一人親”たちの光となっている。
現在、日本の母子家庭は約120万世帯で、その平均稼働所得(労働によって得た収入)は年間213万円。全世帯の平均収入403万円と比べると、あまりにも低い。
働きながらも女手一つで子供を育てなければならない以上、彼女たちは時間の融通がきくパート勤務を選ばざるをえないのが理由だ。家計の問題で子供は大学進学を諦め、教育格差が就職格差に繋がり、いつまでも貧困から抜け出せない。
この負の連鎖に抗う企業が、先述のリバー・ゼメックスだ。同社は前身の会社を含めて創業39年。内視鏡用ポリープ切除器やカテーテルなど医療機器の製造分野で成長を続け、現在は3つの工場と2つの系列会社を持つ。
同社の創業者である西村幸会長(67才)は「採用に当たってシングルマザーばかりを選んできたつもりはない」と力を込める。
「私は履歴書をほとんど見ないんです。面接をして“この人はやる気があるな”と感じる人間を採用してきたら、結果的にシングルマザーが増えていた」
飾り気のない口調で話す西村会長。履歴書を見ないのは、採用してもらおうと、うわべだけの美辞麗句を書き連ねる人間が多すぎるからだという。
「われわれのような中小企業にとって、紙に書かれた情報なんてどうでもいい。経歴や性別は一切関係なく、大事なのはやる気だけ。シングルマザーが女手一つで子供を育てるって、並大抵のことじゃないんです。嫌なことがあっても辞めるわけにいかないし、“なんとしても自分の手で子供を育て上げる”という気概、覚悟がある」(西村会長)
◆私が代わりに入るから授業参観に行っておいで