維新の立役者としての功績もさることながら、人間的魅力によって語られることが多い西郷隆盛。西郷に全幅の信頼を寄せていた坂本龍馬の手紙から、その人柄が垣間見える。「龍馬の手紙」研究の第一人者である宮川禎一・京都国立博物館上席研究員が分析する。
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坂本龍馬が残した中で最も長く、最も有名な直筆の手紙が見つかった。慶應2(1866)年12月4日、長崎から郷里の兄らに宛てて書かれたもので、写しにより文面は知られていたが、現物はすでに焼失したとされていた。ところが、札幌在住の男性が龍馬の親戚から譲り受け所有しているとの話があり、私が実際に訪ねて調査したところ本物と判明。今年6月に報道され広く知られることとなった。
この手紙の中に、龍馬と西郷隆盛との関係をうかがわせる重要な記述がある。寺田屋滞在中の龍馬が、伏見奉行所に襲われた事件(同年1月23日)に触れて、「この事件の時嬉しかったのは、西郷吉之助(隆盛)が、京の藩邸でこの事件の一報を聞き、まず西郷自身が短銃に弾を込めて、私を伏見まで助けに来ようとしてくれたことです」と書いている。
龍馬と西郷が最初に会ったのは、この手紙から遡ること2年。師の勝海舟の紹介を受けてのことだった。龍馬はその時の感想を「釣り鐘に例えると、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろうと思います」と勝に語っている。
龍馬と違って手紙が多くは残っていない西郷の場合、周囲の人の述懐からその人物像を類推するしかない。龍馬との関係からわかる西郷隆盛とはどんな人物だったのだろうか。