「ここで、『悪名高き』というひと言を入れたらどうでしょう」と武田鉄矢(68)がスタッフに助言すると、その場ですぐに採用された──。
殺陣師、照明担当、演出家らの怒号と笑いが飛び交う中、東映京都撮影所では、凄まじいテンポで撮影が進められていた。6年ぶりに復活した『水戸黄門』(BS-TBS)の撮影現場は、熱く活気に充ち満ちていた。
もっとも武田は、黄門様という大役の話が来たとき、躊躇したと言う。
「まず思ったのは、俺にはまだ早い、あそこまで年取ってないぜ、という思いでした。役者には自分の若さにしがみついているところがあって、下世話な言い方をすれば、ああ、これで俺の人生にはもうベッドシーンはないんだなと思った(笑い)。
まだ谷崎潤一郎作品の『瘋癲老人日記』とか際どいものを求める自分もどこかにいましてね。でも、制作側から『練習だと思ってやってくれませんか』とうまく口説かれて、そうだ俺ももう70手前なんだ、黄門を目指して老いの練習をするのも悪くないなと引き受けたんです」
1969年に主演・東野英治郎で始まった『水戸黄門』は、西村晃、佐野浅夫、石坂浩二、里見浩太朗とバトンが受け継がれてきた。その半世紀近い歴史の重みを、いま武田は痛感している。
「『金八先生』であれば、それはもう初めてテレビに出るキャラクターだから自由自在に役作りできるわけです。でも、黄門様はそうはいかない。80%ぐらいは過去の俳優さんが作ってきたもので、それに乗らないと迷惑がかかる。
実際、これまでも、これは違うとなると非難のハガキが視聴者から届いたらしいんです(笑い)。一種、タイ焼きのようなものでね、絶対に他の魚に見えちゃいけないんですよ。タコの格好をしたタイ焼きでは、価値がないし、見る人の食欲がわかないんです」