音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、いま最も客を呼べる落語家の立川志の輔について紹介する。
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いま最も観客動員力がある落語家、立川志の輔。彼は通常の独演会で全国を精力的に廻る他、独特な「毎年恒例の企画公演」をいくつも行なっている。
近代落語の祖・三遊亭圓朝が明治17年に人形町末広で15日間かけて口演した『怪談牡丹灯籠』。通しで演じると20時間は掛かるというこの長編人情噺を2時間半ですべて演じる「恒例牡丹灯籠 志の輔らくごin下北沢」(本多劇場)は2006年が初演。今年は7月後半に9公演行なわれ、僕は28日に観た。
初演以来ほぼ毎年観ているのだが、まったく飽きないどころか観るたびに新鮮で、年に一度しか聴けないことが残念だ。それくらい、よくできている。
公演は2部構成。第1部は浴衣姿の志の輔がステージに立ち、巨大パネルの人物相関図を用いて『牡丹灯籠』の前半部分を語る。ここには「カラン、コロン」で有名な怪談は出てこない。志の輔はこの第1部で、『牡丹灯籠』が「孝助という男が主人の仇を討つ物語」なのだということをわかりやすく教えてくれる。
10時間分の内容を1時間に凝縮しながら、それが単なるあらすじではなく見事な「芸」になっているのは、自らの視点で物語を再構築してあるからこそ。最後は圓朝作品本来の流れから離れ、後半に出てくるべき「孝助がある男に出くわす場面」のさわりを演じ、「後半の主役はこの男です。いったい、この相関図の中の誰なのでしょうか」と、含みを持たせて前半を締めくくる。