【著者に訊け】山口ミルコ氏/『似合わない服』/ミシマ社/1500円+税
2012年の初著書『毛のない生活』を始め、山口ミルコ氏の作品群は「失恋の物語」だと思う。幻冬舎のエース編集者として活躍し、退社直後に乳癌が発覚。仕事も毛髪も、何もかもを失った経験を通じて、彼女は自分を取り巻く世界そのものに、大失恋したのである。
しかしそれはある意味、正しい失恋だった。最新刊『似合わない服』は、六本木に住み、高級外車で通勤したあの頃や、癌再発に怯え、〈犯人探し〉に明け暮れた5年間を振り返り、〈がんは「似合わない服」〉との視点を得るまでの〈グルグルを綴った手記〉。すると似合わないのは服や癌に限らず、仕事に追われて外食に頼る生活や、もっといえば日本の近代や資本主義の歪みに、彼女は報復されてもいた。
しかし失恋は相手を全身全霊で愛してこそ、実りの多い疵となる。彼女がどれほど仕事を愛し、全力で闘ってきたか、それだけは揺らぎようのない事実なのだ。バブルの頃。ハイヒールを履けば目線が上がるように、仕事や人間関係も下駄を履いた分、いつかは自分や社会全体の右肩も上がると、みんなが信じていた。
「確かに。ただ私の場合は時代も上昇志向も関係なく、自分が見込んだ人や会社を信じて突っ走ってきただけなんですよ。その高い服や車が自分に似合うかどうかにも関心がなく、人目とは関係なしに限界まで頑張っちゃう性分なんだと思う」