「家族はみんな、“お父さん、最近空耳が増えて面倒ね”と適当に流していました。それがまさか、認知症の初期症状だったなんて……」
そう肩を落とすのは、千葉県在住の60歳の主婦だ。2歳年上の夫は、50代半ばで耳の聞こえが悪化した。
「テレビを観ていてもやたらと音量を上げるようになり、家族が何も話していないのに、『え、何か言った?』と聞くことが増えた。帰省した娘に“そこのお菓子取って”と言われ“お箸”を渡そうとするなど、その頃は笑い話で済んでいたのですが……」
夫の聞き間違いはどんどん酷くなり、それとともに無口になっていった。定年後は自宅に引きこもるようになり、やがて物忘れが激しくなったという。
「結局、夫は認知症と診断されました。医師から『耳の異変が最初の兆候だったと思う』と告げられてショックでした」
これは決して特殊な例ではない。今年7月、英国の医学誌『ランセット』に発表された論文は、「中年期(45~65歳)の聴力低下」を認知症の最も大きなリスク要因に挙げた。さらに「中年期に耳が悪くなると、9~17年後に認知症が増える」と警鐘を鳴らしている。
このように、ちょっとした耳の異変が認知症の引き金になることは、専門家の間では常識になりつつある。
「米国の研究では、高度の難聴では認知症の発症リスクが5倍になるとの報告もあります。厚労省の『認知症施策推進総合戦略』でも、認知症の危険因子として難聴を挙げています」(藤沢御所見病院院長で耳鼻咽喉科医の山中昇医師)