何人いるかわからないほど多いと言われる地下アイドル。どんな実態なのかあまり知られていないその世界を、本人たちへのアンケートを実施して、地下アイドルでライターの姫乃たまさんが『職業としての地下アイドル』(朝日新書)にまとめました。そこで反響が大きかったデータのひとつ、いじめ体験の高さと、姫乃さん自身がいじめ体験を告白したことで再認識した、地下アイドルがいじめ体験を告白しがちな理由について考えました。
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いまでも母校の前を通るたび、「刑務所みたいだ」と思います。辛気臭い校舎や、気が合うわけでもない人たちが地域ごとにざっくり集められているところも。みんなで同じ制服を着なければならない中学校での生活は、私の人生における刑期でした。看守である教師とはわかり合うことがなく、生徒たちは校則を盾に監視し合っていました。そして少しでも息苦しさを見せた弱者は、狭い空間で攻撃の対象になってしまうのです。
まさに攻撃の対象であった私は……などと書いていると、「また地下アイドルのいじめ告白か」と思われそうですが、たしかに地下アイドルの女性に取材をすると、いじめられた体験や、友達が少なかった思い出などがよく語られます。私自身も地下アイドルになって8年が経ち、どんな学生時代を過ごしていたか聞かれる機会が増えて、いじめられた体験について話すようになりました。『職業としての地下アイドル』にまとめて執筆してからは、自身の体験を文章にしたり、取材で話したりする機会がますます増えています。
しかし、公の場でいじめについて話す以前から、「同じような経験をしていて、学校生活が辛かった」「学校を辞めてしまった」という地下アイドルの女性と、楽屋などで話す機会がよくありました。地下アイドルにはいじめの経験者や、学校で肩身の狭い思いをする人が多いようです。
私が書籍でいじめ体験を明かしたのは、担当編集者に「人生の中で憂鬱になってから、憂鬱を抜け出すまでの過程を書いてほしい」と言われて、改めて憂鬱の種を思い出したからです。入学してすぐ先輩から「生意気」と目をつけられ、そのせいで同級生の中でも浮いてしまい、教室移動から戻ってきたら机に「死ね」と書かれていて、ストレスで全身が膿んでただれてしまった体で、楽しい青春なんてこの世のどこにあるのか、存在するのかすらわかりませんでした。頼まれたら断れない性格もあって、そんな過去を求められるまま文章にしたのです。
それまでは辛いことを思い出したくない気持ちもありましたが、私はこの学校生活しか体験していないため、これがいじめなのかどうか理解していませんでした。しかし、改めて体験を文章にして以来、ファンの人たちからは気遣いの言葉ばかりかけてもらっています。
「そういう傷があることを知って、もっと気を遣わないといけないと思った」という声が最も多くて、少し恥ずかしいような、気を遣わせてしまって申し訳ないような気持ちがしています。
「明るい人だと思ってたから意外だった」と驚く声もありましたが、決して私の体験を拒否するわけではなく、辛かったことも受け止めてくれて、いまの自分が優しい世界にいることを改めて実感しました。積極的なきっかけではありませんでしたが、いじめ体験を話したこと、文章に書いたことで、いまの自分が昔とは違う場所にいる幸せを再確認できたのは良かったと思っています。
地下アイドルにいじめの体験者が多いことは、地下アイドルとして活動してきた8年間で感覚的に理解していましたが、『職業としての地下アイドル』を執筆するにあたって、現役の地下アイドルに実施したアンケートと、一般の若者を対象にしたアンケート(内閣府発表の「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」)の結果を照らし合わせたことで、実態が明らかになりました。
「あなたはいじめられたことがありますか?」という質問に対して「いじめられたことがある」と回答した地下アイドルは52.1%と約半数で、一般の若者は11.7%だったのです。
反対に「いじめられたことはない」と答えた地下アイドルは19.1%で、一般の若者は61.6%でした。明確にいじめられた自覚がなくても、多少なりともそういう経験をしたと感じている地下アイドルを含めると、いじめの経験者が八割にも昇ります。
しかし私が驚いたのは、どちらかというと、地下アイドルのいじめ経験が多いことではなく、一般の若者のいじめ経験率の低さでした。16歳でいまの活動を初めてから、学校の友人よりも地下アイドルと接する時間の方が長かったので、いつの間にか感覚が麻痺していたようです。つくづくマイノリティな世界にいるのだなあと思います。
では、なぜ地下アイドルの世界にはいじめの体験者が多く入ってきて、さらにそれを告白できるようになるのでしょうか。
被害の渦中にある人は、あまりいじめについて語りません。私もそうでした。学校に味方がいなかったのと、親族に心配をかけることも、外で学校のことを思い出すこともしたくなかったからです。そして中学生の私に、学校と自宅以外の居場所はありませんでした。
人に話せない傷を抱えている時は、ほかの世界に行きたい願望はあっても、いじめによって自信を喪失しているので、なかなか行動に移せません。どこに行っても自分は受け入れてもらえない気がするし、ほかの世界でやり直そうとしていることが知られたら、生意気だと思われてまたいじめられるかもしれないからです。
しかし、地下アイドルの世界には、なんとなく足を踏み入れた女性たちが、いじめについて話せるようになる環境が揃っています。
まず、傷を負っていることを茶化したり、見下したりする風潮がないのです。雑誌の取材などでアイドルがいじめ体験を告白すると、「またか」「ファンに媚びを売るために話しているんじゃないか」といった目でみられることも珍しくありません。外野から否定的なコメントが投げられる一方で、周囲が同じ体験をしてきている地下アイドルの世界では、傷を負った人たちがなんとなく事情を理解できるため、肯定的に受け止め合うことができて、自然といじめの体験について話す機会ができます。
また、地下アイドルは自分をアピールする職業でもあるので、多かれ少なかれ自身のキャラクターを設定する必要があります。なりたい自分を目指して活動する地下アイドルの世界では、自分のキャラクターを作って努力していることに誰も目くじらを立てません。いじめられた自分から抜け出そうとしている人を、また貶めようとする空気がないのです。
そして、地下アイドルの世界がこうした女性たちの受け皿になっているのは、物事を多様な見方で楽しめるファンの人たちが集まっているおかげです。