【書評】『遅れ時計の詩人 編集工房ノア著者追悼記』/涸沢純平・著/編集工房ノア/2000円+税
【評者】川本三郎(評論家)
出版社の多くが東京に集中しているなか、編集工房ノアは大阪の文芸出版社として孤軍奮闘している。足立巻一、天野忠、山田稔ら関西在住の作家、詩人たちの本を数多く手がけてきた。ノアのファンは文学好きに多い。
一九七五年に涸沢純平が創業。当時まだ三十歳の手前。以来、文学書が売れなくなった時代のなか良書を出版し続け、四十年を超えた。その涸沢氏の回想記。それなりの規模の会社と思いきや、奥さんと二人だけの家内工業のような会社であることに驚く。
小出版社だからこそ、きめ細かく著者と接する。よく著者と会い、酒を飲む。文学談義が最高の酒の肴になる。その熱意、意気に大御所の富士正晴をはじめ、多くの著者に可愛がられる。本が出来上がると、著者のもとに届けに行く。ハンセン病の詩人、塔和子の詩集が出来上がると、瀬戸内の島にある療養所にまで届けにゆく。著者はうれしいだろう。
大阪の詩人、港野喜代子の詩集が出来た時は、宣伝のために一緒に新聞社や放送局を訪ねる。この時、港野が言う。「こうして回っても、空しいだけや」。詩集がそんなに売れるわけではないことは著者も編集者もよく分っている。