【著者に訊け】吉村萬壱氏/『回遊人』/徳間書店/1700円+税
大阪在住の芥川賞作家・吉村萬壱氏(56)は、日頃からよくゲンを担ぐらしい。
「喫茶店のあの席に座ると、筆が進むとかね。でも僕ら作家はその作品から書き手としてたまたま選ばれただけで、芥川賞受賞作はあっても、芥川賞作家はいないと思う」
だが文学や人生の一回性に、何度生まれ変わろうと気づけないのも人間だった。最新作『回遊人』の主人公〈江川浩一〉は、お世辞にも売れっ子とは言いがたい中年作家。ある時、妻子を残し、〈プチ家出〉した彼はドヤ街の食堂で誰かが落とした〈錠剤〉を見つける。そしてそんなものをあえて飲むのが作家たる所以。宿に戻り、遺書まで認(したた)めた彼は、まだ結婚前で、工作機械の営業マンだった10年前にタイムリープするのだ。
ずっと手に入れたかった成功やカネや豊満ないい女。だが何度も生き直し、それらを手にしてなお満足とは程遠く、人間とはつくづく懲りない生き物らしい。
「僕の小説の主人公は男も女も全部僕で、この錠剤も実際、転がってたんですよ。大阪の『王将』の汚い床にヤバそうなカプセルが! ええ、もちろん飲みました。何かあった時のために作家仲間に遺書も書いて。あとで調べたら普通の皮膚病の薬やったんですけどね。
実は『臣女』(島清恋愛文学賞作)の次に書いた話がただのエロ話になってしまって、全ボツになった。でも発売日は迫っているし、何か書かなきゃという時に、『もし結婚前に戻れたら、自分は妻を選ぶのか』ってふと思ったんですよ。
別にタイムリープ物なんて新しくもないけど、スケベ心から他へ行くのか、やっぱり妻がいいのか、結構今回は自分が思ったことを素直に書いた。まあ仮に戻れてもいいことばかりじゃなさそうだし、どうにもならないなというのが、結論です(苦笑)」