体に不調を覚えると、医師の診断を受けて病名と治療方針が示されたのち、病気が治るまで投薬や手術を受け続ける──これが一般的な「闘病」のプロセスだ。
しかし、必ずしも正面から向き合うことばかりが病気との闘い方ではない。自分の人生を最後まで自分らしく生きるために、治療を拒否する「逃病」という選択をする人がいる。
タクシー運転手の西村繁治さん(69)は、65歳のときに妻に勧められて市の定期検診を受けたところ、初期の前立腺がんが発覚。直後は「ゴナックス」という前立腺がんを治療する薬を定期的に注射していたが、半年で止めてしまった。
「1か月に1度注射を打ちに行くたびに『自分は病人だ』ということを自覚させられることが何よりも嫌でした。いまのところ、がんのせいで痛むこともなければ、仕事に支障もない。定期検診も受けてません」
そんなことを医者が許さないと思うだろうが、患者を治すことが使命である医師の中にも、西村さんのように「逃病」を実践している人がいる。社会福祉法人「同和園」附属診療所の医師・中村仁一氏(77)だ。
10年前、中村医師は顎の下にしこりを発見。医師ゆえ「これは、がんだ」と直感したが、精密検査を受けていないため、しこりの正体はいまだわからない。
「おそらく悪性と良性が混ざっている混合腫瘍だと思いますが、検査を受けて確認するつもりはありません。腫瘍を調べるために組織を切り取ったり、針を刺したりする痛みが嫌いなんです。
しかも仮にがんだったら、自分じゃない医師から抗がん剤治療を勧められるだろうし、家族からも治療を要求されることは目に見えています。でも私は、抗がん剤治療がもたらす苦痛にあえぎ、生活の質を落として死ぬのは嫌なんです」(中村医師)