体に不調を覚えると、医師の診断を受けて病名と治療方針が示されたのち、病気が治るまで投薬や手術を受け続ける──これが一般的な「闘病」のプロセスだ。
しかし、必ずしも正面から向き合うことばかりが病気との闘い方ではない。自分の人生を最後まで自分らしく生きるために、治療を拒否する「逃病」という選択をする人もいる。いまは痛みも少なく普通の生活が過ごせているのだから、病院に行きたくないし、手術も受けたくない。そんな「生き方」も可能だ。
だが、患者が「逃病」を望む場合には、まず医師に自分の意思を伝える必要がある。高齢者のがんなら、医師はその意思を尊重するケースは増えている。
今年4月の国立がん研究センターの発表によれば、70歳以上の肺・胃・大腸・乳がん患者1500人を対象に抗がん剤使用の効果を比べたところ、生存率に大きな差が見られなかったのだ。
日本在宅ホスピス協会会長で『なんとめでたいご臨終』(小学館刊)の著者、小笠原文雄医師が指摘する。
「このデータからわかるように、高齢者の抗がん剤治療は多くのケースで延命効果がなく、生活の質を落とす結果につながりやすい。私はすべてのがん治療を否定するわけではなく、治る見込みのあるがんなどは治療を受けるべきだと思います。
しかし、勝てない相手に闘いを挑み、苦しみながら『戦死』するより、早いうちに気持ちを切り替えることが大切です。命の長さも大事ですが、命の質にも目を向けて、治療が見込めない患者に対して真実を告げ、最期の選択肢を増やすことも医師として必要だと考えています」
だが、現実には「逃病」に反対する医師が少なくないのでは、と話すのは、自らも10年前に顎の下にしこりを発見し、「これは、がんだ」と直感しながらも、その後精密検査を受けず「逃病」を選んだ社会福祉法人「同和園」附属診療所の医師・中村仁一氏(77)だ。