印象は地味だが関係者とコアな視聴者の評価は高い佳作、そんなドラマが火曜の夜に放送されている。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
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上野の森美術館で開催中の「怖い絵展」が最大3時間半待ちと空前の人気とか。一方、テレビの中にも傑出した「怖いドラマ」があります。ゾッとする回数ではピカ一と言えそうな作品が『明日の約束』(フジテレビ系火曜午後9時)。
主人公のスクールカウンセラー・藍沢日向(井上真央)を軸に、生徒・吉岡圭吾(遠藤健慎)の謎の死をめぐって想像を絶する人間関係が浮かび上がってくる、ヒューマンサスペンス。中でも、3人の人物の、怖さの「グラデーション」が際立ちます。
1. 最初から怖い人
2. だんだんに怖くなる人
3. 突如、怖くなる人
3つの「パターンの違う怖さ」が潜んでいるのです。
1. 最初から怖い人 = 藍沢尚子
「最初から怖い人」とは、主人公・日向の母親である尚子(手塚理美)です。過干渉でヒステリック。ささいなきっかけで突如、鬼の形相になり娘を怒鳴る。それがあまりの迫力で怒りの風圧を感じ、画面のこちら側にいる視聴者までビクっとするほど。
瞬間的に強烈な怒りを爆発させるような演技は、役者としても非常に難しいはず。自分の中で怒りを高めてマグマを充満させ、ギリギリのところまで膨らませて一気に噴出させるのですから。実に高度な技であり、役者としてとことん気持ちが入っていないとできない表現でしょう。
演じている手塚さんご本人も、「自宅に帰って自分に戻るとガクッと来て、全身がだるくなる感じです。そのぐらい、気持ちが全部乗っていないと、この役は出来ません」とインタビューで語っているほどの狂気的キャラクター。すでに視聴者は、尚子が必ずどこかで怒り始めることを察知しています。だから、静かで穏やかなシーンこそ、不気味。爆発する怒りを予感してしまうからです。
怖いのは、爆発する感情だけではありません。セリフも怖い。
「ママに隠れてこそこそ恋人作って。そんなことやってるから偉そうにスクールカウンセラーなんていってて生徒を自殺させちゃうのよ」「あんないい人、あなたには釣り合わない」
娘をずたずたに傷つけるコトバ。怖いものは、まだあります。「明日の約束」という過去の日記ノートの存在です。幼い娘に対して母が記した、文字が並んでいます。
「ママがいいと思ったお友達以外と遊ばない」
「読む本もおもちゃもお友達も全部ママが選んであげる」
「ママに口ごたえしない」
「ママが怒った時はすぐにごめんなさいという」
それを「明日の約束」と称して、「ママは日向のことが大好きです」と結ぶエゴ。恐ろしい毒親の支配力。そんな毒母と、日向は大人になっても一緒に暮らし続ける。なぜなのか。傷つけられる相手と離れて、家を出ればいいのに……と素朴に疑問が浮かぶのですが、次第に理由が明かされていきます。
母は娘をかばおうと転落し大けがを負い手が不自由。そうした過去の事実が、呪縛となって娘の中に潜んでいることが見えてきます。第8話ではやっとのことで、「私はお母さんの所有物じゃない」と母へ気持ちをぶつけた日向。結末へ向かって、二人の関係の緊張度は最高潮になっていく……。