年末年始はじっくりと本を読む良いチャンス。『週刊ポスト』の書評委員が選ぶ書は何か? 作家の嵐山光三郎氏は、「昭和の残像」を学ぶ本として『新橋アンダーグラウンド』(本橋信宏・著/駒草出版/1500円+税)を推す。嵐山氏が同書について解説する。
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JR新橋駅の汐留口にはゆりかもめ新橋駅や汐留のインテリジェントビルが建ち並ぶが、日比谷口や烏森口にはSL広場があり、なつかしい昭和の赤提灯街が残っている。町の匂いは愛欲と享楽の溜息だから、開発業者がいじっても、そう簡単に消えるものではない。
筆者の本橋氏は「アサヒ芸能」や「週刊大衆」などの週刊誌で、人外魔境のような町の裏側を克明に取材してきた。新橋駅ガード下パブに集う熟女ホステス。オヤジの聖地、ニュー新橋ビル。JRAの暗号。中国人娘の昏睡強盗。暴力団が群がるビル。増殖するレンタルルームの怪。昔の新橋を知る八十六歳の靴磨きおばちゃん。ゲイタウン。SM仕様のレンタルルーム。出てくるのは新橋ならではの珍談奇談で、読みはじると、こりゃ、どうにも止まらない。
暴力団と場外車券売り場と手コキ風俗嬢だけが新橋ではない。椎名誠は流通関係の業界紙に記者として就職した経験をもとに、『新橋烏森口青春篇』を書いた。古いところでは新橋芸者と荷風、高見順『敗戦日記』の新橋。三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹した前日に最後の晩餐をした鳥割烹店。三島自決のとき、本橋氏は中学二年生だったというが、私は三十八歳で三島氏と面識があった。