第二作「老愛小説」は六十歳になろうとする学者が三十年以上連れ添った妻のことを語る。二人のあいだに子供はいない。長く連れ添った筈なのに夫は妻という女がよく理解出来ない。京都の古い旅館の娘。十代の頃に知り合い、東京に連れて来た。築地の旅館の女将として働いた。
美しいが、彼女もまた「虹の記憶」の幻の女と同じように実体に乏しい。いってみれば幽霊。そもそも主人公自身が、学者でありながら大学からも世間からも遠い世外の人。恋愛小説の形を取りながら幽霊譚の面白さがある。
第三作「仮の宿」は正岡子規が暮した東京の下町、根岸あたりを舞台に学者と教え子の女学生、さらに幼なじみの芸者との関係が描かれるが、ここでも恋愛は現実のものというより、一篇の夢のようだ。老年ならではの成果だろう。
※週刊ポスト2018年2月2日号