【書評】『光の犬』松家仁之・著/新潮社/2000円+税
【評者】川本三郎
第一作『火山のふもとで』で多くの読者を魅了した松家仁之の新作『光の犬』は、北海道の小さな町で暮す一家の物語。道東の枝留(架空の町だが、遠軽がモデルと思われる)。
父親の眞二郎は、北海道特産の薄荷を作る会社で技師をしている。眞二郎の母親は「産婆」をしていた。長女の歩は札幌の大学で天文学を学び、東京の天文台で働く。長男の始は文学部を出て、大学の先生になる。
父親には、一人の姉と二人の妹がいる。三人姉妹のうち二人は結婚せず、一人は一度結婚したが離婚した。三姉妹は、眞二郎の家と同じ敷地で暮している。彼らの生と死が、ゆったりとした品のいい文章で語られてゆく。章ごとに語り手がかわる。そのために短篇集を読んでいる気分になる。家族の物語にありがちな情の濃さがない。あまりに多く語られる「家族の絆」は、この小説にはない。
むしろ、家族でありながら、一人一人が別の世界に生きている。仲が悪いとか、断絶しているというのではない。そもそも、家族は結局は、一人一人の積み重ねなのだという醒めた思いが作者にはある。
三人姉妹のうち次女の恵美子の存在がとくに心に残る。軽い知的障害がある。そのために結婚はしたものの離縁された。二人の姉妹は働いているが、彼女だけは家にいる。世の中に遠慮して生きている。