日本の交通死亡事故の件数は減少傾向にあるが、65歳以上の高齢ドライバーによる事故の割合は増加中で、2016年は全体の22.3%を占めた。高齢ドライバーの事故は、他の年代に比べてブレーキとアクセルの踏み間違いやハンドルをうまく操れないなどの原因が多いため、免許返納をもっと強く働きかけるべきだとの声も大きくなっている。ライターの宮添優氏が、高齢ドライバーとその家族が直面する現実についてリポートする。
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「この手のニュースを見るたびに、不安で頭がいっぱいになる。事故は今日起きるかもしれない。お父さんが死んじゃうかもしれないし、最悪、人の命を奪うかもしれない。家族は気が気じゃありません。」
群馬・前橋で発生した、85歳の高齢ドライバーによる車両暴走事故。被害者の女子高生二人は今も意識不明の重体で「物損事故を起こした後に逃げようとしていた」「ブレーキをかけず猛スピードで突っ込んだ」といった目撃証言から、逮捕された高齢ドライバーの認知機能に問題はなかったのか、疑問の声が相次いでいる。
また、このドライバーが家族から「車はやめて」と日常的に言われていたにも関わらず運転し、物損事故を繰り返していたことも発覚。交際中の女性が待つ、地元の老人福祉センターに通うためだった、との情報もあり「老人に運転させるな」といった機運が高まりつつもある。
冒頭の声は、都内に住む専業主婦・松下さん(五十代)の切実な思いだ。松下さんの夫は、山形県山間部の農村出身。実家には齢87歳の義父と、同い年の義母が住む。義父は今も日常的に車の運転をして、少し離れた場所にあるスーパーや病院へと通っているが、車にはヘコミや擦り傷が増え、年に数度、一時停止違反や信号無視、物損事故を起こしたとかで、警察から連絡が入るようにもなった。
「帰省のたびに、夫が“運転を止めろ”と説得するですが、その度に喧嘩になるんです。“お前は俺に死ねというのか”とすごい剣幕で……」
松下さんの義父が住むのは、いわゆる「限界集落」。最寄り駅までは車で30分以上かかるし、スーパーや病院といった生活に欠かせない機関に出るには車が必須だ。公共機関といえば、バスが3時間に一本の割合で運行されているが、やはり自家用車のそれと比べれば、使い勝手どころか、バスを使うといった判断は非合理的だ。
松下さん夫婦は、どうにか運転をあきらめさせようとあらゆる手段を尽くした。車の鍵を隠す、車をパンクさせる、バッテリーを外す……。車が故障したことにして「いい機会だから車をあきらめたら」と説得しても、勝手に知人の車屋に連絡を取り新車の商談をするなど、態度は固くなる一方だ。そしてこんな事件も起きた。
「義母の調子が悪くなり、胸が苦しくて動けなくなりました。祖父は“まかせろ!”という感じで車に義母を乗せ病院へ行ったのですが、山道で溝に脱輪する事故を起こし動けなくなりました。たまたま通りかかった方が警察と消防に電話をし、二人とも助かったのですが、通報者によれば、義父はぼーっと車の横に立ちつくすだけだったらしくて……」
義父は事故について「覚えていない」「対向車にぶつけられた」と話しているというが、検査をしても認知症などの兆候は見られず、合法的に義父から免許を「取り上げる」手段がない。また、義父から車を奪ってしまえば、日常生活は立ち行かなくなり、老人二人は「座して死を待つだけ」という状態にもなりかねない。
「老人による暴走事故が相次いだニュースを見て、父も免許返納に応じてくれました。しかし……」