【書評】『巡り逢う才能 音楽家たちの1853年』ヒュー・マクドナルド・著 森内薫・訳/春秋社/3000円+税
【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)
才能は金銭と似ていて、あるところには過分にあり、ないところにはからきしない。ブラームス、ヨアヒム、ワーグナー、リスト、シューマン、ベルリオーズ……。時は一八五三年四月から翌年の二月まで、一年たらずの間に「過分の人」たちがどのように出会い、争い、和解し、すれちがいをしたか。「水平的な伝記」と銘打ってあるが、楽しい、刺激的な試みだ。
ふつう芸術家は孤独なものだが、ヨーロッパ一円のいたるところで、楽長や新進作曲家や亡命者や復活を図る人物がめぐり逢う。ミューズの神の配慮とされてきたが、このイギリス生まれのアメリカの音楽教授は、いたって直截である。「二つの大きな技術的要因」があってのこと。つまり郵便と鉄道の発達のおかげ。ほんの少し模様替えすると、ケータイとメールとジェット機で世界中を巡りあるく現代の指揮者、演奏家、作曲家とかさなってくる。
一八五三年九月のシューマンの日記にある。「ブラームス来訪(天才)」。病的なまでに鋭敏だったシューマンの耳は、たった一日の出会いで相手の天才性を見てとった。では当時、ケルンにいたブラームスは、どうやってデュッセルドルフ・ビルカー通りのシューマンの家へたどり着いたのだろう?