プロレスラーの中邑真輔が、1月28日(日本時間29日)、アメリカのプロレス団体WWEのロイヤルランブル戦に初出場で初優勝したと大きく報じられた。「これまでアメリカで活躍した日本人プロレスラーはたくさんいますが、今のWWEでトップになった意義は大きい」と、2001年までのWWEの歴史をまとめた『フミ・サイトーのアメリカン・プロレス講座』(電波社)著者でプロレス評論家の斎藤文彦氏はその歴史的快挙を語る。
「ライバル団体の買収や消滅などを経て、2000年代以降のWWEはアメリカで唯一のメジャープロレス団体になりました。毎週月曜日に行われる3時間番組『ロウ(Raw)』、火曜日の2時間番組『スマックダウン(SmackDown)』は全米で200~400万世帯がテレビ生放送を視聴し、2014年からは独自の9.99ドル(約千円)定額ストリーミングサービスWWE Networkも配信されています。さらに2017年4月から、日本ではJリーグ全試合中継で知られるDAZN(ダ・ゾーン)でも『ロウ』と『スマックダウン』が生配信で見られるようになりました。衛星放送などもあわせて、WWEはその瞬間を同時に分かち合うファンが世界中に居るグローバルな存在になりました。
WWEはアメリカで4大スポーツMLB、NFL、NBA、NHLに次ぐファンと影響力を持っただけでなく、世界でも指折りのスポーツ・エンターテインメントに成長しました。テレビと動画ストリーミングをあわせて世界180カ国(20カ国語)、6億5000万世帯に視聴されています。そこでトップに立った中邑は、アメリカのプロスポーツのスーパースターというだけでなく、今やハリウッドスターでもあるザ・ロックことドウェイン・ジョンソンのような存在になるかもしれないですね」
現在公開中の映画『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』主演や『ワイルド・スピード』シリーズ出演で知られるアクション俳優のドウェイン・ジョンソンは、2000年代にWWEで「ザ・ロック(ロック様)」のリングネームで活躍した人気レスラーでもあった。彼の経歴を見ると、2000年にはロイヤルランブルで優勝している。中邑はいま、その大スターと同じような戦歴をつくり、ザ・ロックの時代にはなかった動画ストリーミングサービスを通じて、より広い世界で知名度を高めつつある。
WWEには、いま動画ストリーミングサービスに最も求められる、更新され蓄積されるタイプのコンテンツが豊富だ。毎週月曜日と火曜日のライブ中継を続け、毎週金・土・日で全米各地をまわり、2万人規模のアリーナを毎回、満員にしている。それらとは別に年に複数回の特別興行があり、ロイヤルランブルはそのうちのひとつだ。ここで日本人として初めて優勝した中邑は、4月8日にニューオーリンズで開催されるレッスルマニアのメインイベントでWWE世界ヘビー級王者に挑戦することになった。
「それら特別興行の中でもレッスルマニアは祭典です。WWEが世界的コンテンツになったこともあり、アメリカ国内だけでなく世界中から約10万人のお客さんがやってきます。アメリカでは合法的にチケットの転売ができるのですが、1000ドル(約10万円)のリングサイド席が1万ドル(約100万円)になっても売れるほどの人気です。その一週間はファンフェス、名選手の殿堂入りセレモニーなど、ありとあらゆるイベントが開催され、街をあげてお祭りのようなにぎやかさに包まれ、ホテルはどこもソールドアウト、本当に楽しいですよ。近年は、経済効果をあてこんだ都市どうしでレッスルマニアの誘致合戦があるほどの一大祭典になっています」(斎藤氏)
新日本プロレスを退団し、2016年4月にWWEデビューしてから、わずか2年弱で中邑真輔はシンスケ・ナカムラと呼ばれる人気と実力を兼ね備えたWWEスーパースターズのひとりになった。会場で入場テーマ曲のバイオリン・ソロが始まると、その旋律にあわせて観客が大合唱して迎えるほどの人気だ。中邑はなぜ、これほどの存在になれたのか。
「とっさに的確な受け答えができるほど、まだ英語は使いこなせていないと思いますが、プロレスは言語を超えます。そして何より中邑のキャラクターが無国籍です。190センチ近い長身も、日本人であることをあまり意識させない。日本のアニメやゲームに慣れ親しんだ世代が増えたこともあって、彼のボディランゲージは日本人レスラーというより、ゲームキャラクターのような受け入れられ方をしたのかもしれません。
これまで日本人レスラーといえば、欧米人がイメージするステレオタイプな日本や東洋らしさを求められてきました。実際にそれはまだ続いている部分もあって、女子ディビジョンのロイヤルランブルで優勝したアスカは、着物風のオリエンタルな衣装を着て、入場時は能面をアレンジした仮面をかぶります。でも、中邑は新日本プロレスにいたときと同じです。約50年前にアメリカで活躍したジャイアント馬場さんも浴衣を着たヒール(悪役)だったのに、悪役も求められていない。これらの現象はアメリカのプロレス史上初めてのことです」(斎藤氏)
頭の右半分だけ伸ばし左半分を剃った独特な髪型、衣装には必ず赤を入れ、入場時には独特なリズムで体をくねらせる。独自性を極めたいと他のプロレスラーの試合を見ることすらしない中邑の姿勢は、新日本プロレス在籍時と変わらない。ときにエキセントリックにうつり、日本では奇人と受け取られファンから遠巻きにされることもあった。だがその振る舞いは、WWEではオリジナリティとして愛されている。