本連載ではケネディ、サッチャーと世界を動かした政治家の言葉を取り上げてきた。だが、世界を動かすのは政治家だけではない。偉大なスポーツ選手もまた、経験に裏打ちされた言葉を通じて、世界を、人々の心を動かすのだ。落合信彦氏が、音速の貴公子と呼ばれ、伝説として語り継がれる天才F1ドライバー、アイルトン・セナの言葉を紹介する。
* * *
2018年は日本の“不正”を見たくないものだ。昨年、神戸製鋼所、三菱マテリアル、東レ子会社などの製品データ改竄が相次いだ。戦後、弛まぬ努力で品質改良、性能向上に努め、欧米メーカーを凌駕した「日本ブランド」が音を立てて崩れ始めている。いつから日本はこんな姑息なことをする国になったのかと思うとやりきれない。
そんななか、私が思い出すのはアイルトン・セナの言葉である。政治家でもなく、経営者でもなく、なぜF1レーサーなのかと疑問を抱く読者もいることだろう。だが、次の言葉を読めば誰もが納得するはずだ。80年代後半、F1で最強時代を築いたホンダについて言及したものだ。
「ホンダがトップに立ったのはごく当然のことだった。彼らは誰よりも働き、誰よりも研究熱心で、誰よりも競争主義に徹していた。それがむくわれただけのことなのだ」
日本人の「勤勉」「努力」をセナは高く評価していた。翻って現在の日本人はどうか。勤勉さは失われ、努力せずに誤魔化す者ばかりではないか。セナの言葉はこれだけではない。かつて私は彼にロング・インタビューを行ったが、当時の言葉は色あせるどころかむしろ輝きを増している。現在の日本人にこそ、届けるべきだと思う。
アイルトン・セナ・ダ・シルヴァ、当時31歳のF1界の王者に私は、1991年8月、ハンガリー・グランプリ直前にハンガロリンク・サーキットの中で、1時間半に及ぶインタビューを行った。それほどF1には関心がなかった私が、セナに興味を抱いたきっかけは、オーストラリアのあるテレビ番組を見ていたからだった。番組内でかつてのF1チャンピオンがセナに次のような言葉をぶつけたのだ。