【書評】『極夜』/中村征夫・著/新潮社/1600円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
水中写真家の中村征夫は、40年前、真冬のグリーンランドで1か月間、エスキモーと暮らした。冒険家の植村直己が、単独で北極点到達を成し遂げる前年のことだ。
「地球最北の村」は、氷点下35~40度で、初冬に沈んだ太陽は、春まで顔を出さない。「極夜」といわれる漆黒の闇のなか、ストロボを頼りに切り取った写真には、エスキモーたちの優しさと逞しさが沁み込んでいる。
すでに「文明の波」が押し寄せてはいたが、彼らは昔ながらの生活スタイルと独自の文化を守っていた。過酷な自然の中で生き抜く、唯一無二の知恵だからだ。食料がなくなると、お互い貯蔵する肉を融通しあうため、子供たちは、アザラシやセイウチの肉をもらいに「お遣い」に出る。橇を引いて家路を急ぐ少年のあどけない表情が、「極夜」の中にまあるく浮かぶ。
長い鞭で、エスキモー犬を打ち続ける若者の顔は、怒れる暴君のようだが、死と隣り合わせに生きるエスキモーにとって、鞭を振るうことは「犬との共存」のための「厳格な序列」作りだという。