ぼくは院長を引退した後も、毎週、緩和ケア病棟の回診を続けている。治癒の見込みがない末期がんの患者さんは、非常に厳しい現実を生きている。
でも、多くの人たちが、そんな現実のなかで、とても明るく、笑顔を絶やさない。なぜなのだろう、とずっと不思議に思っていた。
その答えが、少しわかったような気がした。自分の人生を、思う存分生きてきた人は、どんな状況でも人生を肯定し、幸福感が高いのだ。
すい臓がんの60代の男性は、花の栽培と販売に力を尽くしてきた。彼は、がんになる前から、生や死について学んでいた。10年ほど前から夫婦で、瀬戸内寂聴さんの般若心経を読んでいたという。一回だけの人生だからこそ、自由に生きることの尊さ、挑戦することのすばらしさがわかったという。
花を作りながら、それを売るというのも、彼にとっては挑戦だった。その彼の自信作は、クリスマスローズ。彼から、球根を病院に寄付したいという申し出があった。病院の庭に植えて、患者さんやご家族に楽しんでもらいたいというのだ。彼は、自分がこの世を去った後も、病院の庭にクリスマスローズが咲くのを想像し、幸福な気持ちになったに違いない。
お金という欲望は無限だが、人生の時間は有限だ。その限りある人生を、いかに濃密に、いかに軽やかに生きることができるか。患者さんたちに改めて「自由な時間」の価値を教えられた。
●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『人間の値打ち』『忖度バカ』。
※週刊ポスト2018年3月2日号