その出演と契約形態によってAV女優にはおおまかに「単体女優」「企画単体女優」「企画女優」というヒエラルキーがある。テレビの深夜番組や雑誌、スポーツ紙などによく登場し、多くの人が名前を知っているのは単体女優。彼女たちは特定メーカーと専属契約を結び、名前でヒットが見込める。企画単体女優、略してキカタンになるとメーカーとの専属契約がないが、その名前で単体女優と変わらぬ人気を集める女優もいる。そして、企画女優とは、パッケージに名前が印刷されることすらないこともある、その他大勢の女優たちだ。
自身がキカタン女優だったマリアさんは、単体女優なら質の高い仕事に巡りあえているから騙されたと思わずに済んでいるケースが多いのでは、と経験から語っているが、実名で出演強要があったことを告白している単体女優も少なくない。どのグレードの女優であっても被害者がいるのが現実だが、その劣悪な環境を自身では体験していない関係者はなぜか、業界全体に「ないもの」「なかったもの」としたがる傾向にある。
前出のMさんは以前、数少ない理解者であると信じている映像制作会社代表に「騙されてAVに出演した」と打ち明けたことがあった。別にお金が欲しかったわけでもないし、哀れんでもらおうと思ったわけでもない。ただ、事実を事実と知って欲しかったのだ。だが……。
「そういうことはいいじゃん、と。これから頑張ろう、みたいな感じで有耶無耶に流されました。今被害を訴えている子達も”売名じゃないか”とか”金が欲しいのか”と叩かれています。でもそうじゃない。この苦しみは、私たちで終わらせたいというのが本音です。被害者を嘘つきだと指摘する人たちには、私たちのことなんて見えていないのです。ただただ、私たちのことを知って欲しい。それだけなんです」
住む世界が違えば、見える景色が全く違う──。
一方は「ある」と言い、もう一方は「ない」と突っぱねる。AV業界を取り巻く声が、あまりにも極端であり、おおよそ”議論”めいたものに見えず、部外者である市井の人々にとっては単なる「内輪揉め」としか見做されなくなってしまってはいないか。
それぞれの立ち位置から、自身が見て感じた世界での法則だけを根拠に生きていれば、議論は平行線どころか、お互い見て見ぬ振りをするか、一方的に「嘘」「デタラメ」とレッテルを貼り、排斥してしまえばよいという動きが生まれる。だが、自分と直接、関わりがないことは起きなかったことだという、その考え方は危うすぎる。同じ町内で強盗傷害事件が起きたのに、自分は被害に遭っていないから取り締まらなくてもいいと言っているようなものだ。
声を上げようと身近な人に打ち明けても理解されづらい、過去のことは忘れろと言われる、そうまでして何を得たいのかと疑われる。そういった現実の中で、声を上げることも許されず「なかったこと」にされる彼女達。「発売から5年で使用禁止」などといったアダルトビデオ業界の新たな取り組みも発表されるが、それが本当に有効なことで、彼女達を救う手段になりうるのか。業界の動向を見守りたい。