人生の「転機」は突然訪れる。舞台出身の俳優・大杉漣さんにとってそれはほんの僅かな時間だったが、振り返ってみれば、そうなることはあらかじめ定められていたかのようにも思える。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が述懐する。
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大杉漣さんが66歳という若さで急逝し、メディアはこのニュースで一色となりました。中でも、繰り返し語られたのが大杉さんの「転機」について。大学を中退し、アングラ劇団・転形劇場の役者として奮闘していた若き日の大杉さん。その劇団も解散してしまい、初めて映画のオーディションを受け、運命が大転換したという伝説のエピソードです。
その映画は北野武監督の『ソナチネ』(1993年公開)。やくざ役のオーディションに初参加した大杉さん。
「約1時間遅刻し、既に片付けが始まっていた会場で、スタッフと雑談する北野監督の元に歩み寄ったが、北野監督は2、3秒見ただけで「もう帰っていいですよ」との対応」(「スポニチアネックス」2018年2月22日)をしたそうです。
大杉さんはあまりの時間の短さに、「受かるわけない」と思っていたとか。しかし数日後、「大杉さんでいきますから」と言われびっくりした、とインタビューで繰り返し語っていました。ご本人も驚いた、選ばれ方。その後みんなが知る大人気俳優となったのですから、たしかに「大転機」と言っていいのでしょう。
でもなぜ、たった一瞬で北野監督は大杉さんを選んだのか?
言葉によるやりとりも、挨拶さえも交わしていなかったと大杉さんは振り返っていましたが、ではいったい何が、「判断材料」となったのでしょうか?
「2、3秒」という点に、深い意味があると私は思います。たった2、3秒、見ただけで判断できるものとは?
それは、人のたたずまい。大杉さんのたたずまいは、凜としてムダなものが削がれ、まるでギリシャ彫刻のよう。みだりに感情を出さず安易に体も動かさない。横顔には緊張感が漂っている。
自慢ではありませんが、30年ほど前、私は直接、そんな大杉さんをこの目で確かめました。「舞台上で晒した身体のすごさ」を、生で目撃する幸運に恵まれたのです。転形劇場の公演に繰り返し足を運んでいた私は、他の役者よりもひときわ大柄で鋭い眼光、腕や脇腹にくっきりと筋肉の筋が刻まれた役者・大杉漣に引き寄せられました。
舞台という生の空間でしか伝えることができない、鋭い刃を上から振り下ろすような迫力を大杉さんの身体は確かに持っていた。客席の観客はその力を直に感じ取って震えました。私もその一人でした。