映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優としても活躍する舞踊家の田中泯が、映画『たそがれ清兵衛』で体験した現場でみた裏方について語った言葉をお届けする。
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舞踊家としての田中泯が「師」と敬愛するのが、前衛的な踊りで活躍した土方巽だった。
「あの人は僕にとって特別な存在です。最初に土方の踊りを見た時、本当にびっくりしました。踊り方の問題ではなくて、こういうふうに人の一時間を平気で奪っておいて、あっという間にその一時間が過ぎる。それは踊り方じゃなくて、あの人自身が凄いからなんですよね。それで、土方のように舞台にいるにはどうすればいいのか考え続けました。彼に聞いても教えてくれるはずないから、僕は絶対に彼には習うまいと思いました。
おそらく、彼にとっては『舞踏』という踊り方なんて問題じゃなかったんだと思います。流派を作る気もなかった。一番やりたかったのは『おどり』。
日本の『ダンス』の歴史は『おどり』に始まります。言葉で意味づけされていない、音としてのみの『おどり』です。その音に今の表意文字としての『踊り』が宛がわれたことで意味が生まれ違うものになった。その頃は社会が成立していますから、もう本来の『おどり』とは違うものになっていたはずです。土方はそれ以前の『おどり』をやりたかったんだと思いました」
田中は2002年の山田洋次監督による時代劇映画『たそがれ清兵衛』で、最後に真田広之の演じる主人公と決闘する剣豪役を演じた。五十七歳での「役者デビュー」である。