時間通り移動したいときは、タクシーやバスよりも、時間に正確な鉄道で。こう考える人が多いだろう。とくに、仕事へ向かうときならなおさらだ。ところが、場所によってはバスを活用することで快適な通勤を目指している場所がある。ライターの小川裕夫氏が、鉄道利用者をバス利用に誘導する、東急電鉄のユニークな試みについてレポートする。
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間もなく4月。進学や就職で上京するフレッシャーは、東京・神奈川・千葉・埼玉の東京圏だけでも毎年10万人にもおよぶ。
人口減少社会を迎えた今でも首都圏一極集中は加速しているが、特に東京都は転入超過で人口増加がつづく。とはいえ、郊外にまで路線を延ばす私鉄各社は人口減少に対応するため、さまざまな利用者の掘り起こしを実施している。
そうした需要の掘り起こしと無縁な路線もある。それが、東急電鉄の田園都市線だ。田園都市線は、東京・渋谷区の渋谷駅を起点に神奈川県大和市の中央林間駅を結ぶ総延長31.5キロメートルの路線で、沿線には人口60万人超の多摩田園都市を抱える。
多摩田園都市は、東急創業者の五島慶太が主導したプロジェクト。それだけに、東急が一丸となって開発に取り組んできた。その成果もあり、沿線人口は右肩上がりに増加した。
多摩田園都市の成功は、ほかの私鉄から見れば羨ましいかぎりだろう。しかし、沿線人口が増えすぎてしまった弊害もある。それが、混雑対策だ。
国土交通省の2017年度統計によると、田園都市線がもっとも混雑するピークタイムは7時50分~8時50分までの池尻大橋駅→渋谷駅間(※矢印は方向を表す。以下、同)。その混雑率は、184パーセントにも達している。
184パーセントは、かなり高い数字だ。それでも、首都圏ではもっと混雑している路線がある。
東京メトロの東西線は、7時50分~8時50分までの木場駅→門前仲町駅間で199パーセント。JR東日本の横須賀線は、7時26分~8時26分までの武蔵小杉駅→西大井駅間で191パーセント。小田急の小田原線は、7時46分~8時48分までの世田谷代田駅→下北沢駅で192パーセントといった具合だ。いずれの路線も、東急田園都市線よりも高い混雑率となっている。
そうした路線よりも混雑率が低いにも関わらず、田園都市線は混雑が激しいというイメージが定着している。なぜなら国土交通省が発表している数字は、もっとも混雑している時間帯で切り取った数字に過ぎない。一方、田園都市線はピーク時以外にも常に混雑している。
利用者がたくさんいることは、鉄道事業者にとって喜ばしい。その反面、最近は混雑路線には負のイメージが付きまとい、それが沿線ブランドを毀損することにもつながっている。
負のイメージを払拭するべく、東急は分散乗車やオフピーク通勤、早起きキャンペーンなどを実施。小池百合子都知事が旗振り役を務めた”時差Bizキャンペーン”でも、東急は田園都市線に臨時特急「時差Bizライナー」を運行するなど、積極的かつ地道に混雑解消に取り組んできた。それでも、依然として田園都市線の混雑率は高いままだ。
抜本的に混雑を緩和する策としては、運転本数を増やす、車両を長大編成化して一編成あたりの輸送量を増やすといったことが挙げられる。しかし、これらは線路の増設やホーム延長といった大規模な工事を必要とする。だから、容易に着手することはできない。
そこで東急は、田園都市線と並走している東急バスの路線に着目。混雑率が激しい三軒茶屋駅-渋谷駅間の定期券所有者は、同区間を走るバスに”振替乗車”できる「バスも!キャンペーン」を2014年から始めた。
「バスも!キャンペーン」は、系列にバス会社を持つ東急ならではのハイブリッド戦略といえるが、東急電鉄広報部は同キャンペーンを導入した背景をこう説明する。
「お客様の利用実態を調査したところ、渋谷駅まで乗車した後も出社するために渋谷駅からバスに乗って三軒茶屋方面に折り返しているお客様が一定数いることがわかりました。そうした事情を考慮し、三軒茶屋駅からバスで渋谷駅方面に向かってもらう動線をつくれば、混雑の緩和と同時にお客様の利便性の向上にもつながると考えたのです」