「恩返し」は美しいストーリーだが、された方の振舞いは難しいものもある。大人力コラムニストの石原壮一郎氏が指摘する。
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日本でもっとも注目されている中学生・藤井聡太六段の快進撃が、ますます勢いを増しています。3月8日、大阪市の関西将棋会館で師匠の杉本昌隆七段と公式戦初対局。千日手による指し直し局で、藤井六段が杉本七段を111手で破りました。
藤井六段は、小学四年生のときに杉本七段のもとに弟子入り。自主性を大事にする育てられ方で、その非凡な才能を伸ばしました。将棋界では、弟子が師匠に勝つことを「恩返し」と言います。会社生活やほかの仕事でも、面倒を見てきた後輩や部下に追い抜かれることは少なくありません。現在の注目度や一度の負けで「追い抜かれた」とするのは杉本七段に失礼ですが、話の流れ上、そういう表現を使わせてください。
弟子に負けたことは、さぞ悔しかったはず。しかし、対局後の杉本七段の言動は、潔さとすがすがしさに満ちていました。後輩や部下に「恩返し」されたときに備えて、杉本七段が発した言葉をベースに「追い抜かれた側としての美しい振る舞い方」を勝手に学んでしまいましょう。
●杉本語録その1「自分の棋士人生の中でもいちばん注目された対局。こういう対局ができるのを嬉しく思った」
【見習うべきポイント】大きなプロジェクトで後輩がメインを務めて自分がサポートにまわることになり、本心では「なんで俺がこんなことを」と思ったとしても、それを言葉や顔に出すのは絶対に禁物。自分の値打ちを下げるだけだし、周囲に「だからおっさんは面倒臭いんだよ」と思われます。こういうふうにいっしょにチームを組めて嬉しい、おかげで注目される仕事ができてありがたい、と折に触れて強調しましょう。
●杉本語録その2「彼の強さは証明されている。あらためて言葉はない。勝負としては残念だが、記念にもなった。今日は素晴らしい一日でした」
【見習うべきポイント】記者の「いま藤本六段にかけたい言葉は?」という質問に答えて。成長した後輩について、余裕を示すつもりで「彼は成長した」などとホメても、無理に強がっているようにしか聞こえません。「俺がどうこう言うまでもなく、彼の実力は誰もが知っているから」と言ったほうが、器の大きさを示せるでしょう。昇進で追い抜かれたり営業成績などで明確に負けが決まったりしたときは、顔で笑って心で泣きながら「今日は記念になった。素晴らしい一日だ」と言いたいところです。