我々の目の届かぬ海の向こうで、「歴史戦」は着々と進行していた。昨年10月26日、カナダの中心部・オンタリオ州議会で12月13日を「南京大虐殺記念日」とする動議が出され、出席議員の全員賛成で可決された。これは華人系議員により提起されたもの。実は、同州は南京事件に限らず、尖閣や慰安婦問題でも、活発な動きの見られるエリアとして知られる。それらの動きを辿っていくと、一人の運動家の存在に行き着く。ジョセフ・ウォン(69)。これまで日本メディアにもほとんど知られていない「反日グランドマスター」の正体を追って、安田峰俊氏がカナダに飛んだ。
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「ここはほんとうに良い場所よ。私たちは幸せ。ジョセフさんは日本人にも中国人にも別け隔てなくて、すごく良い人なの……」
2月5日朝、カナダ・オンタリオ州トロント市郊外。マイナス7度の寒気が襲う極寒の地で、私は奇妙なアクセントの日本語を話す老婆たちと向かい合っていた。 戦前に同国で生まれ育ち、大戦中に強制収容の苦労も味わった90代の日系カナダ人たちだ。
彼女らの終の棲家は、入居者4000人以上を擁する華僑系の老人ホーム、頤康中心(イーホンセンター)だ。建物の一部は日系人の専用エリアで、老人たちの塗り絵や日本語の掲示物が溢れる。所長は香港出身の医師で慈善家のジョセフ・ウォン(王裕佳、ウォンユーガーイ)。過去に数多くの表彰を受けてきた街の名士だ。
「日系人もまた、第二次大戦の被害者。戦争はいけません。平和を求めなければ」
だが、慈悲深い笑みを湛えてそう語るジョセフには別の顔がある。
彼は対日歴史問題を追及する北米有数の華人系ロビイスト組織「アルファ・エデュケーション」(以下、AE)の設立者。過去20年以上にわたり、トロントを拠点に多方面で歴史戦を展開してきた張本人なのだ。