選抜高校野球が3月23日に開幕し、連日熱戦が繰り広げられている。かつて熊本県の強豪・秀岳館を率いた鍛治舎巧氏は現在別の高校の監督を務めている。鍛治舎氏は今どんなことを考えながら球児たちを指導しているのか──ノンフィクションライターの柳川悠二氏がレポートする。(文中敬称略)
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春夏それぞれ28回の甲子園出場を誇る県立岐阜商業(以下、県岐商)は、高橋純平(現・ソフトバンク)を擁した2015年春以来、甲子園の土を踏めずにいる。昨夏は県大会3回戦で敗退。そこに新監督として招かれたのが、昨年夏の甲子園まで熊本の私立・秀岳館を率いていた鍛治舎巧だ。
鍛治舎は県岐商のOBで、卒業後、早稲田大、松下電器とアマチュア野球のエリート街道を歩み、パナソニックの役員まで務めた人物。秀岳館監督の3年あまりの間に4季連続で甲子園に出場し、そのうち3大会でベスト4に進出した。一方で、私立の秀岳館が彼に支払った年俸は4000万円とも5000万円とも噂された。
「冗談じゃないですよ(笑)。私は(中九州短期大学の)副学長としての報酬しかもらっていません。お金どうこうじゃない。生きがい、やりがいが高校野球の監督でした」
しかし、自身が率いていた大阪・オール枚方ボーイズの選手を熊本に呼び寄せ、“大阪第二代表”とも揶揄された強引な手法、さらに甲子園に出場すればサイン盗み疑惑が勃発するなど、何かと物議を醸す采配が多く、一躍、甲子園の嫌われ監督となってしまった。
「熊本には『肥後の引き倒し』という言葉がある。つまり、出る杭は出る前に打たれ、目立ちすぎたら叩かれてしまうんです(笑)。私は甲子園に出ることが目標ではなく、日本一を目指した。そこで学校側と行き違いが生じ、熊本でも孤立してしまいました」