武田信玄や上杉謙信、坂本龍馬の名前を高校歴史教科書から削除する案が出され、物議を醸している。暗記中心の歴史学習を改めて思考力を育てるためというが、現代でもファンの多い歴史英雄たちが教科書から消えてしまうのは、何とも味気ない。歴史の思考力を育てるのであれば、単なる数字や言葉の暗記ではなく、物語のように学べるエピソードを授業で教えるべきではないか。その一例として、歴史作家の島崎晋氏が武田騎馬軍団にまつわるエピソードを紹介する。
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武田の騎馬軍団といえば、真っ先に脳裏に浮かぶのはNHKの大河ドラマや黒澤映画などの戦闘シーンである。甲冑に身を固めた武者を乗せた軍馬が敵軍目指して大挙疾駆する姿は勇壮そのもの。大地を震わす馬蹄の響きを聞くだけでも心躍る気分になる。実際の戦場での迫力はさらに凄かったに違いないと思いたいが、どうやらそれは現代人の勝手な想像のようである。
そもそも現在撮影に使用されるのはサラブレッドやアングロアラブなどの洋種馬で、洋種馬の繁殖は明治四〇年(一九〇七)、岩手県の小岩井農場が輸入したことに始まる。それ以前にいたのは道産子(どさんこ)の名で親しまれる北海道和種や木曾馬など七種のみで、サラブレッドと比べればどれも小さく、軍馬として見劣りのすることは否めなかった。
江戸時代末期に編纂された『古今要覧稿』という書物には、体高五尺(約一五二センチメートル)の馬を大馬、四尺五寸(約一三六センチメートル)の馬を中馬、四尺(約一二一センチメートル)の馬を小馬とするのが世の常とある。また時代はかなりさかのぼるが、源平合戦の時代、名だたる軍馬はどれも四尺六寸から四尺八寸の体高を有しており、一四〇センチメートルを少し超えるくらいが名馬の条件であったことがうかがえる。
現在撮影に使われるサラブレッドはだいたい一六〇から一六五センチメートルの体高を有しているから、開戦を前に居並ぶ姿からして、ドラマや映画の中と実際の光景に大きな相違のあったことは間違いない。騎馬武者の突撃が与える迫力にしても同じことがいえよう。
サラブレッドと比べれば、日本の戦国時代の軍馬はまさしくポニーである。小さな体躯に甲冑で身を固めた武者を乗せて走るとなれば、現在の競走馬のような走りは期待できず、全力疾走できる時間と距離も相当短かったと考えるほかなさそうだ。
在来馬の疾走については、かつてNHKの番組『歴史への招待』で実証実験が行なわれたことがある。体高一三〇センチメートルの馬に四五キログラムの砂袋をくくりつけ、人も騎乗したうえで走らせたところ、分速は空馬(からうま)時のちょうど半分くらいで、走り始めて一〇分後には、もう限界にきていたという。