【著者に訊け】深沢潮氏/『海を抱いて月に眠る』/文藝春秋/1800円+税
『海を抱いて月に眠る』は深沢潮氏の最新小説にして、父や自らの人生に向き合った、家族の記録でもある。
主人公は亡き父の手記を通じて、その壮絶な過去や民主化運動に青春を投じた日々を垣間見る在日二世の〈文梨愛(ぶん・りえ)〉。自身、韓国出身の学者と離婚し、幼い娘を一人で育てる今も、横暴でいつも不機嫌だった父を、どこかで許せずにいた。
父は日帝統治下の慶尚南道・三千浦に生まれ、解放後は反政府運動に参加。仲間と命からがら海を渡り、上陸後は本名〈李相周〉を捨て、日本名〈文山徳允〉として生きた。が、梨愛には全て初耳で、父の本心を知り、徐々にしこりを解いていく娘の傍らには、戦前から現在に至る半島情勢や歴史のうねりもまた並走。時代に翻弄され、それでも精一杯に生きた、ある家族の歴史が像を結んでいく。
「すみません。私の父は元気なんです。読後に驚いて電話を下さる方もいたんですが、まさにそこが最大のフィクション。主人公が手記で読む話を、私は直接父から聞いて小説化しました。一行目でいきなり死んだことにされた父は、さすがに驚いてましたけど(笑い)。
つまり父が密航してきて身元を偽ったのも本当なら、対馬沖で遭難したのも実話。その時の仲間だった〈姜鎭河〉と〈韓東仁〉は虚構の人物ですが、父が大統領になる前の金大中氏を支援し、写真も残っていた話は本当だったり。どこまでが虚構で実話か、疑いながら読んでいただければと」