「電話のかけ方」を知らない子どもが増えているという。振り返れば、全般的に通話をすることがなくなりつつあるため、家庭で電話をかけている様子をみることがないのだろう。緊急時に備えて、公衆電話の使い方を練習させたという小学生の親もいるほどだ。同じように、子どもにとって「ないもの」になりつつあるのが鉄道の「きっぷ」かもしれない。きっぷを使える場所が狭まり、役割を終えるときが近づいている様子を、ライターの小川裕夫さんがレポートする。
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今年4月から、JR東日本は新たなサービス「タッチでGo!新幹線」を開始した。同サービスは、JR東日本が発行するSuicaをはじめJR東海発行のTOICA、JR西日本発行のICOCAといった交通系ICカードでJR東日本管内の新幹線に乗車できるというもの。
在来線とは異なり、これまで新幹線では窓口や券売機などできっぷを購入しなければならなかった。同サービスが導入されたことにより、在来線と同じ感覚で新幹線に乗車できるようになった。同サービスを導入した狙いについて、JR東日本広報部報道グループの担当者は、こう話す。
「『タッチでGo!新幹線』は、在来線感覚で新幹線自由席を利用してもらおうという意図から始めることになりました。まだ、サービスを開始したばかりなので、対象エリアは東京駅を起点に東北新幹線は那須塩原駅、上越新幹線は上毛高原駅、北陸新幹線は安中榛名駅までです。今後、エリアを拡大するかどうかは、現段階においては様子を見ながら検討するとしかお答えできません」
通勤・通学で毎日のように鉄道を使っていたビジネスマンや学生は、裏面に磁気情報が刷り込まれた定期券を使用していた。
2001年にIC乗車券Suicaが登場すると、瞬く間にSuicaは普及していった。JR東日本のSuicaが成功したことを受け、JR東海やJR西日本も自社のIC乗車券を発行。JR東日本を追随した。
現在、Suicaだけでも発行枚数は約6400万枚。Suicaが急速に普及した理由は、なによりも鉄道の乗車時以外にもショッピングや飲食などの支払いに使える、いわば電子マネー機能を搭載したことによる利便性の向上が大きい。
Suicaが一枚あれば、外出時に財布は不要。2006年には、携帯電話にSuica機能を持たせた「モバイルSuica」が登場し、IC乗車券の普及スピードは加速した。今では、ApplePay機能も搭載。IC乗車券の進化と利便性の向上は果てしない。
利用者にとって利便性の高いIC乗車券だが、実はIC乗車券の導入・普及は鉄道事業者の方がメリットは大きい。
なによりも乗車券類の紙代が節約できるほか、キセルなどの防止にも役立つ。また、IC乗車券の利用が増えたことで、”みどりの窓口”をはじめとする有人窓口を削減。それが、人件費の縮減効果をもたらしている。
有人窓口のない駅は、利用者が少ないローカル線に多く見られた。ところが、最近は首都圏でも券売機のみを設置し、有人窓口を廃止する駅も珍しくない。窓口の無人化の波は山手線にも及び、田端駅では2014年に”みどりの窓口”が廃止された。
IC乗車券の破壊力は、それだけにとどまらない。窓口の無人化につづいて、改札の無人化にも波及している。
中央線の武蔵境駅は、一日の平均乗車人員が約6万7000人(2016年度)を誇る。この数字は、JR東日本管内の駅で66位。決して、ローカル線然とした駅ではない。
2013年、その武蔵境駅に駅ビル「nonowa」が誕生。それに合わせて、武蔵境駅も改良工事が施された。そして、駅ビルに直結する「nonowa口」が開設された。
「nonowa口」がこれまでの改札口と大きく異なるのは、設置されている全改札機がIC乗車券専用機になっている点だ。つまり、きっぷで「nonowa口」から入出場できない。