映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、出演映画『のみとり侍』(全国東宝系)が公開中の女優・寺島しのぶが、文学座在学中に出会った演出家の故・蜷川幸雄氏に言われたことについて語った言葉をお届けする。
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「四十五歳になっても、やはりまず父と母が最初に紹介されて、それで私の名前が出るんですよ。嫌だと思っても、そこは削ってくださいと言うのも面倒くさくなっちゃいました。これは一生つきまとうものなんだなということで、今は『まあいいか』と思うようにしています」
今回のインタビューで寺島しのぶは、そう語った。彼女の役者人生の出発点について記す際、どうしても両親の名前は外すことができない。父親は七代目・尾上菊五郎、母親は富司純子という役者の一家に育ったからだ。
「自分がやるとは考えていませんでしたが、子供の頃から歌舞伎を観ていたというのは強いですね。こんな五感を刺激させる経験を早くに得られていたんだと後になって思います。
真剣に考えるようになったのは、大学生の時です。同級生が就職活動を始めて自分も職業を考えなければとなって、役者をやっていきたい、と思いました。
でも、歌舞伎はできませんし、親に迷惑をかけない所でやりたかったので母のいる映像の世界にもいけない。そんな時に、太地喜和子さんが父と共演して我が家にいらした時、初めてお会いしたのに、『あなた、女優をやりたいんじゃないの? だったら文学座でやればいいじゃない』と仰ってくださったんです。
そんな劇団があるのも知らなかったんです。ただ親と違う所で勉強したくて、評価されたいと考えていましたから、出会うべくして出会ったんだと思っています」