昭和30年代、町に飛び出し、夢中でシャッターを切った10代の女の子がいた。写真コンテストで多くの賞を取り、「女に負けた」とカメラ小僧たちを悔しがらせた齋藤利江さん(78才)。父親の反対もあり、いったんは諦めたはずの写真家への道。それが、40年の時を経て、60才にして現実のものとなった。齋藤さんがフィルムに収めた当時のニッポンが、今に伝えるものとは──。
元号が変わろうとする中、「これぞ昭和!」な写真が世間で話題を呼んでいる。撮影したのはどんな人? ぜひお会いしたい! 女性セブンの名物記者“オバ記者”こと野原広子(61才)は、そんな希望をいだいていていたところ、対談が実現した──。
群馬県桐生市から駆けつけてくれた齋藤さんの話はどれもカラリとして勢いがあって、まるで上州のからっ風のようだった。
〈齋藤さんが撮影したさまざまな写真を見ながら、対談を進めるふたり…〉
オバ:おままごとは私もやったわ。ヒマそうな男の子がいるとお父さん役で座らせたりして。舗装していない道も、後ろのオート三輪も懐かしいなぁ。
齋藤さん:ぶらんこの写真は、顔見知りの子が猛然とこぎだしたときのもの。「あぶないよ」と言うとキャハハ、キャハハって。
オバ:その声が聞こえてきそう。そういえば、今の子ってぶらんこで遊ぶのかな。
齋藤さん:あまり見かけないねぇ。
オバ:チャンバラごっこも傑作。真ん中の男の子の斬られっぷりといったらないわ。
齋藤さん:子供たちが大勢で遊んでいるところで、「待て~」と大きな声を出して、風呂敷のマントをひるがえし、頭にはキリリと手ぬぐいの鉢巻きをした男の子たちが、チャンバラごっこを始めたの。
オバ:手にしているのは木刀?
齋藤さん:いえいえ、棒きれを小刀で自分好みに削っているのよ。当時は『旗本退屈男』の市川右太衛門や『新吾十番勝負』の大川橋蔵が大人気で、子供たちは風呂敷1枚をマントにしたり、袈裟がけにしたりして自分の好きな俳優になりきっているんです。
オバ:あくまで“ごっこ”だから、見ると、刀を持つ手はユルユルなんですよね。相手にケガさせないよう、けっこう気を使う遊びだなと思った覚えがあるわ。
齋藤さん:そういえば写真展で、「あっ、この中央の斬られているのはぼくですよ!」と声がしたので振り向いたら、ニッコリ微笑んだ品のいい紳士。立派に成長なさっていました。