【書評】『海を抱いて月に眠る』深沢潮・著/文藝春秋/1800円+税
【評者】川本三郎
『縁を結うひと』『ひとかどの父へ』などで在日コリアンの苦しみ、悲しみを描き続けている深沢潮(一九六六年生)の新著は、九十歳で逝った父親の生涯を、娘がたどる。
彼女は四十歳になる。離婚し、不動産会社で働きながら八歳になる娘を育てている。在日であることを明らかにしている。兄がそのことを隠しているのと対照的。父親は心配し、兄のように日本国籍を取ればいいとすすめるが彼女は「大丈夫だよ、それぐらい立ち向かわないと。差別する人たちに屈しないよ」と堂々としている。
父親はパチンコ店を経営していた。政治のことはほとんど語らなかった。在日として日本で生きてゆくためには、目立たないことを心がけたのだろう。
父親は長い手記を残していた。それを発見し、読んだ娘は、はじめて父親の苦難の人生を知る。父親には重い過去があった。
朝鮮半島では終戦により日本の統治が終ったあと、左右勢力のあいだで闘いが始まった。南の海辺の小さな町に住んでいた父親は、左派の活動に加わったため、警察や右派に追われた。そのため、仲間と日本へ逃げた。小舟で密航した。