スタジオジブリプロデューサーとして『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』などの大ヒット作品を次々と生み出してきた鈴木敏夫さん初のノンフィクション小説『南の国のカンヤダ』(小学館)が8月3日、発売された。鈴木さんがひょんなことから知り合ったタイ王国の田舎町・パクトンチャイで大家族と暮らす若きシングルマザー・カンヤダの物語。初小説に込めたテーマと、その思いを語ってもらった。
* * *
ぼくは、昔から時間という概念に興味があるんです。興味を持ったきっかけは、学生時代。劇作家の寺山修司がこんなことを書いていたんです。時間は「社会的時間」と「自分の時間」というふたつの種類がある。「社会的時間」は、社会が決めた時間。1日は24時間とか、そういうことです。その一方で、「社会的時間」とはまったく関係のない「自分の時間」というものがある。「社会的時間」が「自分の時間」を搾取すると、その人はつらくなるって。
正確な言い回しかどうかはともかく、その文章がすごく自分の中で印象深かったんです。この考えはジブリで仕事をしていく上でも影響を受けました。例えば、『猫の恩返し』(2002年公開、興行収入64.6億円)。あの映画のヒットは、ポスタービジュアルとキャッチコピーの力が大きかったと宣伝プロデューサーに言われました。普通は猫の映画だから、猫がたくさんいるビジュアルにする。だけど、ぼくが考えたものはまったく違いました。
メインビジュアルには、主人公の女子高生が草原に寝転がって、目をつぶって、ふわーんと幸せそうな顔をしているカットを選び、キャッチコピーは「猫の国。それは、自分の時間を生きられないやつの行くところ。猫になっても、いいんじゃないッ?」にしました。要するに、自分の時間ということにこだわったんです。結果として、大ヒットになりました。
そうやって、時間というものにこだわって、ぼくは生きてきた。現代は、『猫の恩返し』を公開したときよりも、もっと「社会的時間」に縛られている、みんなが時間に追われている時代だと思います。
『南の国のカンヤダ』を、読んでいただくとわかりますが、時系列が行ったり来たりしています。なんでこういうことをしたかというと、読者の時間の観念を狂わせたかった、「社会的時間」から解放してあげたかったんです。
カンヤダの住むタイの田舎町・パクトンチャイに行ったときに、一緒に行ったメンバー全員がどこかで思ったし、言葉にも出した人がいるけど、「この村は時間が止まっている」と。メンバー全員の顔がすごく幸せそうだったんです。実は、人間にとって時間が止まるということは、ものすごいやすらぎをつくってくれるんですよね。ちなみにぼくの趣味はマンションの部屋のリフォームなんですが、リフォームのテーマはいつも必ず同じ。部屋に入った人の時間の概念を狂わせること。そういう空間にいると、時間から開放されるんです。
――鈴木さんと言えば、『風立ちぬ』の「生きねば。」など、ジブリ作品で数多くのキャッチコピーを生み出してきた。『南の国のカンヤダ』のキャッチコピーは「カンヤダは過去を悔やまず、未来を憂えない。いつも“今、ここ”を生きている」。