「毎年ライブに来てくれる人が大勢います。手紙をくれる男の子もいるし、昔はお母さんと一緒に来ていた女の子が、大きくなって結婚して、赤ちゃんを連れて来るんです。嬉しいですよ」
取材中、稲川は終始穏やかな笑顔で対応してくれた。彼の怪談には、ゾクゾクしつつも、どこか懐かしくホッとする安心感がある。それは、内側からあふれる温かい人情味によるのだろう。
5年前に難病で次男を亡くし、障害のある人への理解を深めたいと、講演やボランティア活動を行なう。そのなかには忘れられない出会いもあった。
「筋ジストロフィーの患者さんから、『ライブで怪談を聴くのが僕の夢です』と手紙をもらったことがありました。彼のいる施設に会いに行くと、とてもいい青年でね。怪談を語ったら、患者さんたちが喜んでくれました」
別れ際、青年から見事な切り絵をプレゼントされた。手を上手く動かせない彼が必死に作った絵を受け取った瞬間、手が震え、涙が止まらなかった。
「ただ怖い話をするのが怪談じゃない。彼の嬉しそうな顔が忘れられないし、怪談を後世に残していきたいと思ってね。最低でも30年は頑張ります(笑い)」
●いながわ・じゅんじ/1947年、東京都生まれ。怪談家。桑沢デザイン研究所卒業後、工業デザイナーとして活動。1976年にラジオ番組『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のパーソナリティを務め、番組内で披露した怪談が評判となる。1980年代はバラエティ番組で活躍したが、1993年から怪談ライブ『稲川淳二の怪談ナイト』に専念。26年目を迎えた今年は、46会場54公演の全国ツアーを開催中。
◆取材・文/戸田梨恵
※週刊ポスト2018年8月10日号